言葉は思いを伝える道具。そして、相手を喜ばせるモノ。
攻撃に使うときにも「相手を傷つける」という目的をもっていますが、できたら「善き事」のために使いたいものですね。
そんな言葉の意味を改めて感じたのは、英語の、
“Nice to meet you.”
に相当する中国語、
“能 见到 您 很 荣幸 。”
“Néng jiàndào nín hěn róngxìng .”
社交辞令(“社交辞令 hèjiāo cílìng”)で、本当にうれしいとか光栄に思っていないのかも知れませんが、それでもこの言葉を口にする。その行為そのものに意味があるのでしょう。
英会話ドライバーで外国のお客様を空港で尾で迎えしたり空港までお送りすることがあるのですが、
“Good morning!”
の後、スムーズに会話が進むと自然に、
“Nice to meet you.”
これが会話というものなのでしょう。
文法的に正しいかどうかより思いを伝える。
日本語の、
「お会いできて とても うれしいです。」
どれだけの日本語を母語としている人がこの言葉を口にしているでしょう?
「愛している」
という言葉も、なかなか口にしない。
それが日本語なのかも知れません。
そういう言葉の背景のようなものに思いをはせると、英語や中国語を口にすることのためらいが少しは経るかも知れません。
さて、沪江日语の中国語訳をもう一度みてみます。
“能 见到 您 很 荣幸 。”
“Néng jiàndào nín hěn róngxìng .”
文法的に正しいのは、
“(我) 能 见到 您 (我) 很 荣幸 。”
“(Wo) néng jiàndào nín (wǒ) hěn róngxìng .”
「私、会うことができる、あなた(に)、私、とても、光栄。」
あるいはもっと、
“因为 我 能 见到 您, 所以 我 觉得 很 荣幸 。”
“Yīnwèi wǒ Néng jiàndào nín, wǒ juéde hěn róngxìng .”
「~が原因で、私、会うことができる、あなた、だから、私、感じる、とても、光栄。」
となるのでしょうが、言葉とは。特に会話は思いを伝えることが大切。ということで、
“能 见到 您 很 荣幸 。”
“Néng jiàndào nín hěn róngxìng .”
これを口にすることでその場の雰囲気が豊かになる。
言葉はそのための道具と言うことを最近よく感じている今日この頃です。
皆さんが学習されている外国語は話し言葉(話すための言葉)ですか?それとも書き言葉(書くためや研究するための言葉)ですか?