私が大学を卒業したのは1985年。
まさに先輩のおっしゃるとおり「中国の時代」でした。
最初に入った会社も朝から晩まで忙しく中国向けの鉄鋼の船積みをしていましたし、次の日中専門商社も毎日残業が当たり前。
中国への出張もしょっちゅうでメーカーの方と一緒に訪中し、通訳をするという生活でした。
日中専門商社でも学ぶことは多かったのです。
何しろ、会社の幹部には日本語より中国語の方が上手。という方もおられましたし、八路軍(中国解放軍)で日本軍と戦ったという日本人もおられたほどです。
東の東工(物産)、西の西●●。
と呼ばれた西の会社でした。
「君は右翼じゃないだろうな」
と酒の席で問いただされたのもこの会社です。
中国は日本から大型の買い物(生産ラインなど)をし、日本人も盛んに中国に売り込みに行く。
そういった中国フィーバーの時代でした。
それがどうやら風向きが変わってきたのが1989年です。
天安門事件。
この事件を堺に時代は大きく変わり、私も多くの仲間と同様、この会社を飛び出すことにしたのです。