SC神戸中国語スクール 京都校

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今、認知科学で知られている「学習の法則」を外国語学習に当てはめようとして、認知科学を学んでいます。


今朝、家内と「認知科学」について話をしていると、家内が「『ホンマでっか!?TV』で非認知能力について紹介してたよ」と言われ、TVerで確認しました。



教育経済学評論家の中室牧子さんがコメントしていました。


認知科学ってすごい!と話をしていたのに、非認知能力が高い方がいいってどういうこと?

そう思ったので調べました。


最近よく聞く「非認知能力」って何? 注目が集まる“勉強だけでは身につかない力”


最近何かと話題に上がる「非認知能力」。テストや偏差値などの点数で表せる能力を「認知能力」と呼ぶのに対して、「非認知能力」はコミュニケーション力や思いやりなど、数値で表せない能力を指すそうです。


とのことです。


認知科学と認知能力。

同じように「認知」を使っていますが、「認知」ということばは少し意味合いが違うようです。


「認知」そのものの意味を調べる前に、この「認知」という言葉。

漢字を使って表している日本語ですが、日本語では「漢語」と呼ばれる漢字の音読み用いた言葉です。

※この日本語の「漢語」は、中国語で中国語のことを意味する“汉语”とは違います。

この「漢語」。

同じ日本語でも「やまとことば」と呼ばれると違い、漢字を用いているので、漢字本来の意味を表しているので私にはどうも理解しにくいのです。そこでさらに深く調べてみました。


「認知」をネットで調べると以下がありました。


https://www.weblio.jp/content/%E8%AA%8D%E7%9F%A5


にん‐ち【認知】

読み方:にんち

[名](スル)

1 ある事柄をはっきりと認めること。「反省すべき点を—する」

婚姻関係にない男女の間に生まれた子について、その父または母が自分の子であると認め法律上親子関係発生させること。

3 《cognition心理学で、知識を得る働き、すなわち知覚記憶推論問題解決などの知的活動総称する

「認知」って最近は「認知症」で使われていますが、今ひとつ意味がわかりません。

「認知症」が使われる前は


2 婚姻関係のない男女の間に生まれた子について、その父または母が自分の子であると認め、法律上の親子関係を発生させること。


で使用されていました。




では次のように説明されています。


(前略)

「認知」とはいかにもこなれの悪い日本語である。この語は「サッカーがプロスポーツとして認知される」のように「存在が社会的に認められる」という意味で用いられる。しかし認知心理学での認知(cognition)ということばは、こうした用法とはほぼまったく関係がない。それは、認識すること、理解すること、思考することなど、高度な知的活動を包括的に表すことばである。

(第1章 認知心理学の誕生と変貌 P2)


中国語の辞典、“现在汉语词典”のネット版では以下の説明があります。


https://cd.hwxnet.com/view/kpikekgcccamackf.html


认知rèn zhī

词典解释

认识和感知。

[cognition] 认识、思维或知觉的自身发展,包括理解和推理的意识官能或过程,靠它获得关于感觉或理念的知识

さらにWikipediaでは;


【中国語版】


认知


认知(英语:cognitioni/kɒɡˈnɪʃ(ə)n/)是指“透过思想经验感官获得知识理解心理行为或过程”。它包括智力功能和过程的许多方面,例如:知觉注意力、知识的形成、记忆工作记忆判断评价推理和“计算”、解决问题决策理解语言的产生。 认知过程使用现有知识并发现新知识。


以上、中国語は当たり前ですが漢字ばかり。

そしてこの漢字は一つひとつに意味がある。

だから、ことばには深い意味が含まれている。


やっぱり日本語の「漢語」は広く深い意味があるので意味を「わかる」のは慎重の上にも慎重にしないと誤解してしまう危険がありますね。


ところでこのように「認知」について調べてくると、今回の「認知科学」の「認知」と「認知能力・非認知能力」の「認知」とでは意味合いが少し違うようです。




「スキーマ」とは、(知識の)枠組み。




によると、


3 スキーマなしでは学習できない。


 暗黙の知識「スキーマ」。


 認知科学に「スキーマ」ということばがある。最重要の概念である。スキーマとは、学習者が(というよりすべての人が)経験から導出した暗黙の知識である。先ほど述べた達人の「究極に洗練された生きた知識」はスキーマの一種である。

 もちろん、達人ではなくても、スキーマはもっている。母語を使うために母語話者がもっている。母語を使うために母語話者がもっている知識、たとえば「てにをは」のような助詞を適切に使い分けたり、文脈によってアクセントの位置を無意識に変えたりできるのは、スキーマがあるからだ。

(第2章 大人たちの誤った認識 P43)


「最重要の概念」というだけあって今井先生は各著書の中で色んな表現で説明されています。

たとえば、




では、


 私たちは普段、自分のスキーマのフィルターを通して世の中を見て、知識や情報を得ています。

(P042)


具体的な例として、




には、次の例が紹介されています。


2️⃣ 枠組みとしてのスキーマ


(前略)


 「お母さんどこにいった?」

 「さっき、スーパーに行ったよ」

という文を読むときこの2つの文を対応した会話文として読むだろう。また、スーパーとはスーパーマーケットのことであり、そこに行ったというのは、スーパーマーケットへ買い物に行ったのだとすぐにわかる。これはわれわれのもっている枠組み知識で文の解釈を補填しているからである。

 外界を理解する枠組み、あるいは内的な知識を使用する枠組みを心理学ではスキーマ、人工知能研究ではフレーム、社会行動の研究ではスクリプトと呼ぶ。心理学では、事物や人物、情景に関する場合をスキーマ、出来事に関する場合をスクリプトと使い分けることもある。


いずれにしてもこのスキーマ。

私はまだよく理解していません。

これからも引き続き学び続けていくのですが、興味深い動画があったのでご紹介します。



今井むつみ先生の文章が教科書で紹介されています。

光村図書 小学校5年 国語 です。

音読支援動画とのことですが、小学校5年生に向けての文章ですから、「スキーマ」などの専門用語を使っていないので今井先生の伝えたい内容がわかりやすく表現されていると思います。


「言葉の意味が分かる」ことは、あなたが思う以上におく深いことです。なぜなら、言葉の意味には広がりがあるからです。このことを知っておくことは、言葉を学ぶときに役立ち、ふだん使っている言葉やものの見方を見直すことにもつながります。


そして言葉の意味に広がりがある。ということがどういうことなのか「コップ」の意味を教えるという例を挙げています。


また、「朝食にスープを食べました。」というアメリカ人の留学生が言った言葉を例に挙げ、英語の「食べる」という動作を表す「eat」。これを英語ではスープに対しても使うので日本語では「スープを飲む」と「飲む」という表現を使うのに英語表現では使う「eat」。つまり日本語では「食べる」という表現を使ったのですね。

これは日本語表現と英語表現が1対1ではない(使われる範囲が違う)ということ。


動画「言葉の意味が分かること」には以下の図が紹介されています。



日本語では「かかえる」という動作が韓国語では「アンタ」と「キダ」に分かれる。
「のせる」は韓国語では「イダ」。これは1対1。
「かつぐ」は「トゥルダ」。でも、日本語の「持つ」や「かかげる」も「トゥルダ」。
「せおう」は「メダ」。でも、「かける」も「メダ」。

中国語と日本語の関係は、

日本語の「かかえる」という動作は「抱(パオ)」「夹(ジア)」に分かれる。
「のせる」は「顶(ディン)」「托(トゥオ)」。
「かつぐ」は「扛(カン)」。1対1。
「せおう」は「背(ペイ)」。1対1。
「かける」は「挎(クア)」。1対1。
「持つ」は「拎(リン)」「拿(ナ)」「捧(ペン)」「提(ティ)」「端(ドゥアン)」。

「スープを食べる」のような使い方をする可能性はありますね。



では次が紹介されています。



外国語を学ぶというのは、その言葉が話されている国や地方の生活習慣や考え方を学び、理解すること。
外国語を学ぶと世界(視野)が広がりますね。

今、あらためて以下を読んでいます。

英語独習法 (岩波新書)

この本のはじめにでは、

認知科学で知られている「学習の法則」を外国語学習に当てはめ、さらに英語の特徴を勘案しながら、英語学習の合理的な学習方法を提案すること。

とあります。
これを中国語学習に応用したいと思います。


NHKラジオ英会話の今日(2月2日(月))Lesson201は「限定詞①ー限定詞のない表現」です。


英語の限定詞とは:


限定詞(げんていし、英:determiner, determinative)とは、名詞や名詞句を修飾する語の一種である。かかる物の性質を表す形容詞とは異なり、限定詞は文脈における名詞の役割を示す。

(Wikipediaより)


英語の場合次の35個だそうです。


・冠詞:不定冠詞「a」、定冠詞「the」。

・指示限定詞:「this」「these」「that」「those」。

・所有限定詞:「my」「our」「your」「his」「her」「their」「its」「-’s」。

・疑問限定詞:「what」「which」「whose」。

・数量詞:「every」「all」「any」「some」「many」「much」「few」「little」「enough」「no」「both」「either」「neither」

「each」「another」「other」「several」「most」。


これらは次に「可算名詞単数形」「可算名詞複数形」「不可算名詞」のどれが来るかで置かれる限定詞が変わります。


英語の限定詞35個の一覧|冠詞、数量詞、所有格など


そんな限定詞を学んでいくのですが、今日は限定詞の学習の前に、限定詞のない表現の使い方を学ぶということで、今日のキーセンテンスは:


Computers have really changed our lives.


コンピューターは本当に私たちの生活を変えました。


で、説明は:


 限定詞とは、名詞の前に使われる the、a [an]、some など、後続の名詞が文脈上何を具体的に表しているのかを指定する表現です。ここで使われた computers は限定詞がつかない名詞。いかなる限定も伴わないため、「〜というもの・〜一般」を表す最も一般的な形となります。ここでは「コンピューターというもの」。コンピューター全体を緩やかに覆う意味合いとなっています。(✖️)Computer has 〜は不可。可算名詞(数えられる名詞)は限定詞なしの単数形で使うことはできません。限定詞なしの複数形(裸複数形)の形で使います。


(✖️)Computer has 〜は不可。可算名詞(数えられる名詞)は限定詞なしの単数形で使うことはできません


ここで、私は:


「どうして(単数形では使うことができないないのか)?


と思っちゃったのです。

するとテキストの次のページにコラムがありました。


【可算名詞が限定詞なしの単数形で使われない理由】


可算名詞が限定詞なしの単数形で使われないのは、単数形が強く「1」が意識される「特別な形」であるからでしょう。「1」をことさらにピックアップすれば、それが文脈上どういったものなのかーー特定なのか、不特定なのかなどーーを述べたくなる、それが限定詞や単数・複数、可算・不可算を駆使して「もの」を詳しく描く英語のクセなのです。


この英語のクセ。

これが本当に重要なクセだと思います。

このクセ。

これはSCセンセが「雑学」と表現している認知科学の「スキーマ」。

英語だけではなく、中国語やその他の外国語にもある今井むつみ先生が言う「スキーマ」だと思うのです。

さらに


英語独習法 (岩波新書)

の第3章 氷山の水面下の知識で紹介されている「スキーマ」だと思うのです。




(画像は【TOEIC満点取ってわかった】テキスト100冊やっても「英語がわかる」ようにならない理由 から拝借させていただきました。外国語学習についてとても役立つサイトです!)


外国語を学習し、身につけるにはこの「雑学」「クセ」「氷山の水面下の知識」「スキーマ」がとても大切だと私も思います。


そして、この「スキーマ」を身につけるのにはいろんな方法があるでしょうが、その中の一つに、「言語を比較しその違いに注目し、それが『なぜだろう?』と考えることだと思うのです。


私は英語と中国語を学ぶ過程で、「どうして英語には複数形があるのだろう?」と思いました。

そして、今回は、


(✖️)Computer has 〜は不可。可算名詞(数えられる名詞)は限定詞なしの単数形で使うことはできません


ここで、私は:


「どうして(単数形では使うことができないないのか)?


と思っちゃったのです。


この答えとして、

単数形が強く「1」が意識される「特別な形」であるからでしょう。

とありますが、私が勝手に思っているのは;

英語では、数を数えられるもの(可算名詞)は、分前をもらえるかどうかがとても重要ではないか?分けることのできない「1」つしかないものなら単数形が強く意識されるのではないだろうか。

だから、

数を数えられない不可算名詞は別にして分前をもらえる可能性があるのであれば可算名詞として単数・複数をはっきりと表現する。

これは以下の本にも答えはありませんでした。
でも、こんなふうに考えると外国語を学び、母語との違いについてあれこれ考えることって、「違いを認める」ことにつながる、自分以外の人が自分と違うことを認めることにつながる素晴らしく楽しいことではないかと思うのです。

英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史