元記事 

 

 

この手の論争は本当に不毛だと思う。

 

東京への一極集中を規制しても、

東京が世界都市としての競争力を減らすだけで、

地方が強くなるわけではない。

 

同じように、

高齢者が減ったら若者が幸せになるかと言ったら、

それも違う。

 

高齢者が減ったら、

これまで高齢者がしていた仕事を、

若者の一部がやらなければならなくなる。

 

そこにまた、

新しい分断が生まれる。

 

同様に、

東京の日本人を減らしても、

日本人以外が増えるばかりだ。

 

そもそも、

東京に流入する日本人よりも、

今や外国人の方が圧倒的に存在感が強い。

 

飲食店に入っても、

中国語、英語などで話しかけられたあとに、

あっ、日本語ですね、みたいな対応になったりする。

 

地方は人口や色々なものの数で勝負するのはやめた方がいい。

 

問題なのは、

個々人の豊かさだ。

 

仮に島根県が無人になったとしても、

その時にはよそからいろんな人たちか移住してくるだろう。

 

仮に、

東京以外に誰もすまない世界を想定した時、

首都圏で暮らせる人の最大数は3000万人くらいだろう。

 

その三千万人を養う農業生産があればいい。

 

かつて江戸時代に開拓をすすめたように、

日本国中の小さな山や丘を潰して広大な農地をつくり、

北海道のような大規模農業を行えばいい。

 

人工林を増やし、

NYのように林業を盛んにすればいい。

 

ダムなどの水力発電を進化させた上で、

その範囲内で暮らせる人数を国民の上限にすればいい。

 

そうすれば、

外国からの資源輸入は不必要になる。

 

揚水発電で作った電力で水素をつくればいい。

 

道路も鉄道も不要だ。

 

人を乗せられるドローンによって人も物資も最短距離で移動できる。

 

輸出産業として林業、農業を主体して、

食糧不足にこまる世界に貢献できる。

 

人口減少は困難ではなく、

歴史的には混乱によって技術革新が進む時期だ。

 

過去の歴史観だと、

統一した国家が崩壊し分裂し、

人口が減少すると「悲劇」的に捉えられたが、

分裂した社会は競争によって進化が急加速する時代だというのが、

新しい捉え方だ。

 

日本は明治以降、

統一国家としての完成されていくが、

それにともなって平凡な帝国になってしまった。

 

幕藩制度という多様性が失われた結果だ。

 

同様に敗戦後、

世界中からの引揚者が1000万人近くが内地に流入した上に、

占領軍、朝鮮戦争関連の難民といった凄まじい多様性が、

日本の戦後社会を強くした要因だった。

 

今こそ、

そうした多様性と混乱こそが必要な時代だと思うんだが。