宛先:アメーバ
件名:頬刀が呼ぶ、大地の目覚め
日時:22/08/06 00:00
※この作品は、ピグミャンというオフィシャルブロガーの、マネージャーを務める人物を通して個人的に頼まれたプロパガンダ作品で、キャラクター等は彼女の世界観をベースにしている為、リンク先の彼女のブログを読んでもらえると、理解しやすいと思われる。
https://ameblo.jp/pigmyan-land/entry-12313676546.html?frm=theme
ブラジルのインディオ保護区にあたるシングー川の下流域に、焼け焦げた樹木が点在する広大な平原が広がっている。ここはかつては深い森であったが、都市部から不法入植した人間達が此処に火を放って木を燃やして自らの土地にしてしまい、しかも牧場や畑を作るも、牧草や作物が上手く育たないことから放棄され、今や草一本生えぬ不毛の大地と化してしまっていたのである。さらに、雨や太陽を遮るものがないことから、大地は直射日光や風雨に晒され、大地はひび割れを起こしてもいた。
弓矢を手にしたカヤポ属の酋長ダナエイ.アデュレが、暗い顔で歩いてくる。彼は村の仲間の為の食糧を求めて狩りに出て一週間経つも、未だ満足な獲物を見付けられずに苦しんでいた。
彼は辺りを見回すと深い溜め息を吐き、大地に跪いた。
ーー此処はつい一年前はアマゾンでも有数の狩り場だったのに、今や虫一匹姿を見せない……これも全ては、後から我々の暮らす土地に入ってきた連中が自分勝手に木や大地に宿る精霊を殺しまくったせいだ!
と、地面を拳で叩いて空を見上げ、
ーーインディオの神よ……もし叶うならば、今すぐにでも精霊を甦らせて森を元に戻してくれ……連中が巨大な道路を通して森を寸断したり、巨大なダムを作って水底に沈めたりしまくるせいで、我が部族の生活は成り立たなくなりそうなんだ!我々は森や川に棲む生き物を頼りに繰らしているのに……。
ダナエイは大粒の涙を流し始め、それは頬を伝って乾ききった大地に瞬く間に染み込んでいく。
小さな蜂鳥が、焼け焦げた樹上に停まって、彼の姿をじっと見詰めている。
やがて蜂鳥は、何処へともなく飛んでいく。

ピグミャンはその日、自らの宇宙船で保護区を訪れ、カヌーに乗ってシングー川の川下りを楽しんでいた。その脇を、カピバラの群れが彼女と競うように泳いでいく。
「川下りは、涼しくて楽しいなあ。しかもカピバラ君達とも競争できるだなんて、アマゾンに来てみてよかった!!」
と、土手に上がっていくカピバラ達を笑顔で眺めながら、とろ場(川縁の、流れの緩い場所)にカヌーを寄せてバナナを頬張る。
そこへ一羽の蜂鳥がやってきて、 何事か伝えるようにピグミャンの目の前でホバリングして
羽音を響かせる。
「あれ、この蜂鳥君、ピグミャンに何か伝えたいみたい…よし、鳥君の気持ちが分かる翻訳ほっぺを使って調べてみよう」
と、懐から翻訳ほっぺを取り出して、操作していく。
やがてほっぺの側面に,蜂鳥の羽根の振動に合わせて文字が浮かんでくる。
「ええっ!去年まであった森が消えてしまって、ダナエイ酋長が生きる気力を無くし掛けてる!?あの酋長は、八百七十七日前に初めて此処の森を訪れて出会ったときに村に誘ってくれて、私の歌や踊りを皆の前で披露する機会を与えてくれた恩人なのに!!」
と、翻訳ほっぺを両手で押さえてじっと見詰めた。
ーーなんとか、あの酋長に恩返しをしたいけど、私の力では森を甦らせるとかはできないし、一体どうしたらいいんだろう……。
ピグミャンが暗い顔で俯くと、足元に置いてあったリュックサックから、ふいに緑色のほっぺが転がり出てくる。そして、そのほっぺから、頬刀が出てきた。
「!……これは、頬王の頬刀!!何故、こんなところにっ!?」
ピグミャンが頬刀を手に取り、不思議そうに眺めると、緑のほっぺから頬王の声が響いてくる。
ーーピグミャン、おらだ!つい今しがたピグミャンがアマゾンで苦しんでる様を夢で見で、もしやと思っで頬力を使って伝家の宝刀を瞬間移動させただ!
「頬王!頬林寺での修行以来だけど、凄い頬力を上げたじゃない!!」
と、緑のほっぺを見詰めた。
ーーそこで、よく聞いてほすいだ!この頬刀は直ぐに折れるけど、じつは折れた刃先を地面に深く埋めでやると、この刀が持づ宝力でたちどころに土の中に暮らす菌や微生物が甦っでぐれるだ!
「この刀にそんな秘密があったなんて、まるで知らなかったミャン!!」
ピグミャンは、驚愕してそう叫ぶ。
ーーおらは、こう見えでも山の神!土や草木の精霊の命を預かるのは、おらのでぇずな役割だから、人間を含めで草木を頼って暮らす生き物達のごどさ放っておぐなんてできないだ!!
「たしかに!心無い人間も多くいるけど、見て見ないふりをしてたら、この地球そのものが潰れてしまうものね!!」
ーー分がっだら、早ぐ行ぐだ!おらの耳に、助げでほすいど土の中で泣いでる精霊達の叫ぶ声が聞こえでぎで辛いんだ!!
「了解、直ぐに駆けつけるね!!」
と、翻訳ほっぺを振動させて、尚も必死にホバリングを続ける蜂鳥にその旨を伝えた。
蜂鳥はそれを受けて、ピグミャンの頭上を大きく旋回した後、彼女を先導するかのように、幾度も振り返りながら飛んでいく。
「大丈夫だよ、蜂鳥君!このカヌーに私のほっぺを取り付ければ、たちまちホバークラフトに早変わりするから、これに炎で暖めた空気を送り込めば、草や木を傷め付けず、尚且つ大気も汚さずに移動できるもの」
と、赤いほっぺを船底に取り付けると、ほっぺが大きく膨らんで船体を包む。
ピグミャンは炎を起こしてほっぺに暖めた空気を送り込み、ホバークラフトを走らせていく。

「神よ……儂はもう充分に生きたから、もう思い残すことはない……だから、この命と引き換えに少しでも多くの村の仲間を救ってやってくれ!!」
ダナエイは、思い詰めた表情で矢を握り、その先端を喉に突き付ける。
そこに蜂鳥が飛んできて、彼の手を嘴で突つく。
「!……」
ダナエイが思わず手から矢を落とすと、そこに頬刀を手にしたピグミャンが駆けてくる。
「ダナエイ、早まらないで!貴方が死んでも、誰も喜んでなんてくれないよ!!」
「!……ピグミャン!!いつ、此処にっ!?」
「暑気払いにアマゾンに来て川下りを楽しんでたら、蜂鳥君がダナエイのことを知らせに来てくれたの!!」
「神が、蜂鳥を使ってピグミャンを招いてくれたのか……しかし、もはや狩り場が殆んど無くなってしまった今、食い扶持を減らす為に老人が犠牲にならないと……」
と、悲痛な表情を浮かべた。
「まだ、希望を捨てては駄目よ!これは文明社会に暮らす私達の責任でもあるから、頬神の誇りに掛けても貴方達を救って見せるわ!!」
と、頬刀を地面に突き刺して折りまくると、炎を浴びせて地中深くに埋め込んでいく。
ダナエイが不思議そうにその光景を眺めると、地面が激しく揺れて草が伸びてきて、乾いた土壌を覆っていく。
そして、甲虫や蜂が何処からともなく飛んできて、草に咲いた小さな花に群がる。
「まさに奇跡だ……死んだ大地が甦った!!」
ーーこれが、頬刀の真の力だす!後は此処にピグミャンの持つほっぺの木の苗を植えでやれば、その木の持づ力で元からあっだ木も甦るから、それを餌にする多くの動物達も戻ってぐるだ!
草の間から、頬王の声が響いてくる。
「有り難う、頬王!流石は七頬人の一人だけのことはあるわ!」
ーーなんの。おらの役割は、地球の緑を守るごどにあっから、これは当然のごどだ!!
その声と共に、柄だけになった頬刀が、緑のほっぺに吸い込まれて消えていき、緩やかな風が草を軽く撫でて吹き抜けていった。同時に蜂鳥もまた、空の彼方に飛び去っていく。
「さて、最後の仕上げにほっぺの木の苗を植えていかないと。これは僅か八百七十七時間で大きく育って沢山の頬の実を付けるから、直ぐに色んな動物がやってくるようになってくれるよ!それに、人が食べると心が綺麗になる特別な力も持ち合わせてるから、この場所に勝手に入ってくる人間にこれを渡せば、徒に森を荒らしたりしなくなるはず」
と、草を掻き分けて、隙間にほっぺの木の苗を埋めて回った。
「ピグミャン、本当になんと礼をいってよいか分からないが、この恩は生涯忘れないぞ!」
と、苗から伸びてくる小さな芽を見て笑顔になる。
「地球は宇宙のほっぺバンで生まれた私にとって、第二の故郷だもの。いつまでも美しいままで残していきたいからね」
ピグミャンはそう口にして、微笑んだ。
するとそこへ、巨大な獏が姿を見せた。
ダナエイはとっさに弓に矢をつがえて放ち、獏を仕留めた。
「これはなかなかの大物で、村の仲間全員の腹を満たすには充分過ぎるぐらいだ」
と、獏を背負うとピグミャンの顔を見て、
「なあピグミャン、せっかくだから我々の村へと寄っていかないか?前みたいに皆で一緒に歌って踊って、森が甦っていくことを祝いたいんだ」
「わあ、嬉しい!じゃあ、此の一帯の景色を見ながら、のんびり向かおうよ」
と、仕留めた獏とダナエイをホバークラフトに乗せると、小さな炎でほっぺに空気を送り込んで、ゆっくりとした速度で走らせていく。
色とりどりの蝶達が、その周りを囲むかのように飛び交っていく。

〇同マンション表(朝)
小雨が降っている。
ベランダに、紫陽花の鉢植えが置かれている。

〇同・居間内(朝)
美樹と初恵がベビーベッドの前に立って、ベッドの中で目を閉じて寝息を立てている赤ん坊A、Bを見ている。
美樹、溜め息をつき、
美樹「ようやく眠ってくれたわ。さっきまで、物凄く愚図って大変だったけど」
と、初恵のほうを向き、
美樹「でも、お義母さんが来てくれたお陰で随分と助かりました。一彦がいるときは手伝ってはくれるけども、なかなか思うようにはいかなくて」
初恵「誰でも、初めはそんなものよ。私も、一彦を育てたときはかなり大変な思いをさせられたもの」
と、苦笑し、
初恵「しかもあの子には、最近になってもダムを巡って随分と苦労させられたけれども」
美樹「抱いた夢はとても立派なものだけど、皮肉にも道を間違えてしまったんですよね」
初恵「そう考えると、人というのは本当に複雑なものね…例え親子であっても、見える景色は各々別のようだし」
美樹「ただ、あの騒動が元で犬鷲の存在が明らかになったことを思うと、あれも新しい道を切り開くのに必要な試練だったのかもしれないわ…」
と、赤ん坊A、Bの顔を見て、笑顔で、
美樹「まるで謀ったようにこの子達も鷲の最初の雛と同じ日に生まれてきたのも、一彦が新しい会社へ移って本当に自分の目指す道を掴んだのも、偶然だとは思えないもの」
初恵「私達にとっての大恩人でもある倫代さんがお父さんと出会ったのも、目に見えない何かが導いたのかもしれないわ」
と、歩いて窓辺に行き、窓の外に小さく見える鷲羽根山に目をやり、
初恵「彼女の助言で始まった山での体験教室も上々の滑り出しで、麓からも興味を抱いて参加する人が出てきたぐらいだし」
美樹、初恵の側に立って、鷲羽根山の脇に見える宝木山に目をやり、
美樹「一彦によれば、教室の中に小水力発電の現場見学を取り入れたことで、宝木の中でも自然を守る為に小水力で作った電気に買い替える世帯が増えてるそうですよ」
初恵「…こうしてみると、時代が大きく変わっていく過渡期を迎えているのかもしれないわね…」
美樹「日本では滅多にないという、犬鷲の雛二羽が山で無事育って今日にも巣立とうとしてるのが、その証なのでしょう」
と、空に目を向ける。
雲の切れ間から、覗く太陽。

〇同川・下流周辺(朝)
土手に「宝木小学校生徒作〝生き物の憩いの場〟」の看板が立てられている。
蜻蛉が、川辺の葦の葉に停まっている。
鷺が、川の中を歩いていく。
虫捕り網や小さな水槽を持った子供達が、階段を伝って土手と川辺を行き来していく。
水槽の中に入っている小魚や海老。
「テレビ夕日」の腕章を腕に巻いたスタッフ達が、川や子供達にテレビカメラを向けている。
古岳が、子供達にマイクを向けて、何事か口にする。

〇同川・中流周辺
巨大な水車が、川の中で回っている。
ゴム手袋を填めた人々が川原に立って、投網を持った橋本と何事か話している。
橋本、川辺に歩いていき、川面をじっと見詰める。
川の中を泳いでいる魚、魚、魚。
橋本、魚の群れに向けて網を投げる。
網が大きく広がり、魚に覆い被さっていく。
橋本、網を手繰って川原に引き上げていく。
網の中に入っている魚、魚、魚。
全員、魚を手に取り、クーラーボックスに入れていく。

〇竹下家表
稲を持った人々が、棚田に入っていく。
竹下が、畦に立って何事か話している。
泥鰌や巨大な鯰が、人々の足元をすり抜けていく。
水路で、巨大な水車が回っている。
上空を、虫を咥えた燕が飛んでいく。

〇森の中
大勢の人々が、双眼鏡で空を見ている。
「ネイチャーガイド」の腕章を腕に巻いた指導員達が、やや離れた場所に立っている。
古岳と枝川が、テレビカメラの前で何事か話している。
倫代と吉沢、一彦が、カメラの後方に立っている。
上空に犬鷲A′、B′と、小振りな若鷲A、Bが姿を見せ、歓声を上げる人々。
一彦、並んで飛んでいく鷲A′、B′、若鷲A、Bに双眼鏡を向け、
一彦「一時は猛烈に憎んだ相手だったが、改めて見てみるとじつに堂々たる風格がある」
倫代「犬鷲は『風の王者』とも呼ばれることもあるぐらいですからね」
と、望遠レンズを装着したカメラを鷲A′、B′、若鷲A、Bに向けてシャッターを押し、笑顔で、
倫代「しかも、二羽が無事に巣立ちを迎えるまでに育つのは日本では極めて希なのだから、この山の持つ底力は素晴らしいの一言に尽きますね」
一彦「俺の子供が双子で、しかも最初の卵が孵ったのとほぼ同じ時刻に生まれたのも、あるいはこんな山を奪われたくないという鷲の思いが呼んだ奇跡なのかもしれない」
と、顔を強張らせて両手を見詰め、
一彦「俺が引き金を引こうとした瞬間、何故か赤ん坊をあやす美樹の姿が雛と重なった…もし、そいつを無視してあのまま銃を撃っていたら今頃は…」
吉沢「だが、結果的にお前は引き金を引かず、雛も子供も無事に生まれてこられた。もう、それで充分じゃないか」
と、一彦の肩に手を置き、
吉沢「お前がこの山の発電所のことを盛んに宣伝してくれるお陰で、山での仕事にたいする麓の理解も広がってくれているんだ。互いに過去は水に流そう」
一彦「…」
倫代「大学のほうでも、竹下さんの棚田の一部を学生達の無農薬米作りの実習地として利用する私の案が採用されましたが、これも犬鷲の存在がものを言いました」
と、一彦のほうを向き、
倫代「なので私も、貴方の過去のことを責める気は毛頭ありません。むしろ、今は心強い同志の一人として信頼を寄せています」
一彦「…かつては敵対していた俺をそんなふうに思ってくれるとは、どこまでも器の大きな人だ」
と、苦笑し、
一彦「正直『電誕』にいたときは仕事の成果を出すことだけを求められて、どこかで個人として認められてなかったからな…」
倫代、首を横に振り、
倫代「同志に加わる道を選んだのは貴方自身であって、私はただ掛け違っていたボタンを直す手伝いをしたに過ぎません」
一彦、倫代の顔をじっと見詰め、
一彦「ならば、遠い先の話になってしまうが、再び同じことが起きないように俺の子供達を貴女のいる大学へと進学させることを目指そう」
倫代「そのときには、私も世界で通用する人材を育てられるだけの実力を付けてお待ちしてます」
と、傷だらけの双眼鏡を取り出し、じっと見詰め、
倫代「前任からゼミを引き継いだからには、その人を越えることで育ててくれた恩に報いたいですし」
吉沢「自らが育てたものが自分を越えた存在になるのは、どんな関係であっても嬉しいものだろう」
と、笑顔で、
吉沢「俺もまた、孫が一彦を遥かに凌ぐ大物になってくれるかと思うと、今からわくわくしてくる。もちろん、そいつを選ぶのは当人達が決めることだが」
一彦「だから俺も、自ずとその道を追いたくなるような体験を子供達にはさせてやろうと考えてるよ。父親として、一緒に思いきり遊んでやりたいとも」
吉沢、苦笑し、
吉沢「なんだか、仕事を中心にしてろくに遊んでやれなかった俺のことをいわれてるようで耳が痛いな…」
一彦「別にそんなんじゃない。ただ、今の会社に移って気付かされたんだ…ただ働く背中を見せるだけでは、打算的でつまらない大人にしか子供を育てられないと」
吉沢「…つまらない大人か。たしかに、俺達の世代は心から遊びを楽しむのが下手な連中が多いものなあ…しかも、そんなのが揃いも揃って企業のトップに立っているから」
一彦「だから、これから大人になる世代を、コンクリート神話から抜け出してもっとあるがままのものを活かしていく道へと導いていきたいんだ。全ての生き物の為にも」
吉沢「…一彦…」
と、一彦の顔をじっと見詰める。
古岳と枝川、踵を返して一彦の元に歩いてくる。
古岳「急で申し訳ないが、この村の小水力発電施設を取材させていただけませんか?鷲の話を聞くなかで、地域に根差した開発の件にも触れておきたいと思って」
枝川「ついでに我が団体の会報で『鷲を育てるクリーンエネルギー』として特集を組んで、赤谷に続く犬鷲保護区指定の実現に向けて利用したいので」
一彦「もちろん、喜んで協力させてもらいますよ。これを通して事業の詳細を知ってもらえれば、興味を抱く人達も増えそうだし」
と、吉沢と倫代の顔を見て、
一彦「という訳で、俺はこれから施設へと行くから、後のことは専属の指導員に託してくれ」
一彦と古岳、枝川、歩き出す。
吉沢、歩き去る一彦の後ろ姿を見て、
吉沢「あいつ、前に比べてなんだか生き生きしていて、背中が輝いて見える」
倫代「例えるなら、ようやく身の丈にあった餌を狩れるようになったからでしょう」
吉沢「なるほどなあ…」
倫代「同時に、地方も国という親の運んでくる大き過ぎる餌に頼るのではなく、自力で身の丈にあった餌を狩る『巣立ち』のときを迎えてるのだと思います。此所に限らず」
と、双眼鏡で、犬鷲A′、B′、若鷲A、Bを見る。
鷲A′、B′、若鷲A、Bを幾度も蹴る。
若鷲A、B、鷲A′、B′から遠く離れて飛び去っていく。
〇道
渋滞している。
その中に、車窓に吉沢と一彦の姿が写った車がある。

〇同・車内
吉沢が、ハンドルを握っている。
一彦が、助手席に座って窓の外を見ている。
吉沢、車列に目をやり、
吉沢「事故でもあったのか、今日はいつになく混んでるな…病院までは、そう遠くはないのに」
隣の車線に、土砂を積んだダンプカーが並ぶ。
一彦、ダンプに目をやり、
一彦「…なあ、親父…山や川や海は、一体誰の為にあるのだろうな…」
吉沢「いきなりどうした?」
一彦「上流での酷い光景を見せつけられたうえに、さっきの話を聞かされて俺はこれまでの自分の考えに自信が持てなくなった…」
吉沢「…」
一彦「ただ、現実を思うとあのやり方が本当に正しいのかも分からない…だから…」
吉沢「…少なくとも一部の人間のものではなく、そこを心から大切に思う全ての人間のものだろう…」
一彦「全ての人々か…」
吉沢「もっといえば、草木や生き物だとかも、本当にその場所が必要だからであって、ただ他所へと移せば済むものではない」
一彦「たしかに、人が身勝手に生き物や植物を移した結果、もとからいた生き物や自生していた植物が姿を消したとの話をよく耳にするものなあ」
と、顔を曇らせ、
一彦「これまでは、たいして関心を寄せもしないで会社から指示された仕事を日々こなしてきてたが」
吉沢「…人間も多くの植物や生き物と繋がらなくては生きてはいけないのに、自らを自然の支配者だと驕るからそんなことになるのだろう」
と、顔をしかめ、
吉沢「尤も、頑なにそいつから目を反らす連中が未だ幅を利かせているし、そいつらの目を覚まさせるのは時間が掛かるだろうが」
一彦「だとすれば、俺が社に残って内側から変えていくのはほぼ不可能に近そうだ…」
吉沢、動き出す車を見て、
吉沢「どうやら、ようやく流れ出すみたいだな。多少予定は狂ったが、これで孫の顔が見られるぞ」
と、アクセルを踏む。

〇同病院表

〇同・美樹の病室内
美樹が、ベッドの上で横になっている。
扉を叩く音がして、一彦と吉沢が入ってくる。
美樹、一彦と吉沢を見て、笑顔で、
美樹「一彦、来てくれて有り難う…しかも、お義父さんも一緒だなんて…」
一彦「偶然に仕事場の近くで会ったので、共に行こうとなったんだ」
と、苦笑して吉沢に目をやり、
一彦「些か気不味いものもあるが、今日ばかりはな」
吉沢「早速で悪いが、赤ん坊の顔を見せてもらってもいいか?」
美樹「もちろん、ゆっくりと見ていってください。今しがた、眠ったばかりだから、起こさないように注意して」
と、微笑み、脇に置かれた小さなベッドに目をやる。
一彦と吉沢、ベッドの中で目を閉じて寝息を立てている赤ん坊A、Bを見る。
美樹「双子で、どちらもとても健康だといわれたわ」
一彦「これで一気に、二人の子供の父親になったわけかあ…」
と、笑って赤ん坊A、Bの頬を撫でる。
吉沢「俺もこんな日に二人も孫ができるなんて、なんともいえない気分だ…なにせ今日は、鷲羽根でも一羽目の雛が誕生したばかりだから」
と、笑顔になる。
美樹「!…ならば、ダム計画のほうはっ!!」
と、吉沢のほうを向く。
吉沢「国側は凍結と言い出すかもしれないが、あの地域が鷲の繁殖地と事実が覆せない以上は白紙に戻るだろう」
美樹、安堵の表情を浮かべ、
美樹「…一彦の立場を考えると素直に喜ぶのは悪い気もするけど、私もあの美しい山が失われずに済んでくれたのは嬉しいわ」
と、赤ん坊A、Bに目をやり、
美樹「私はこの子達に、多くの生き物を思いやれる心優しい人間になってほしい…だから、そんな場所がダムによって損われるのは我慢ならなかったもの」
一彦「心優しい人間か…」
と、窓辺に向けて歩き、窓の外を見詰め、
一彦「…だとすれば、俺は心が狭いせいで人のことだけしか考えられなかったのかもしれない…」
吉沢「…お前だけじゃなく、多くの人間が気付かずに抱え込んでいる問題だと俺は思う」
一彦「美樹…そして親父!改めて二人に話がある」
と、振り返って、美樹と吉沢の顔をじっと見詰める。

〇同社表

〇同・社長室内
佐藤と大館、一彦が話している。
大館「巣の中で、雛に肉を千切って与える犬鷲A′」の写真と「鷲羽根山のダム建設予定地で、犬鷲の雛が孵る」「県内全域では、五年振り」の記事が載った新聞を一彦の足元に投げ付け、
大館「…吉沢、俺はお前に鷲を追い払うように命じた筈だぞ!なのに、この結果は一体なんだ!?」
一彦、頭を下げ、
一彦「申し訳ありません!色々と手違いがあって、上手くいきませんでした!!」
大館「謝って済む話か!?これが我が社にどれだけの損害を与えたか、よく考えてみろ!!」
佐藤「ダム建設を強く推進してくれた古柴さんは、威信を下げられては協力できないと伝えてきたし、中島さんも村内での立場が相当に悪くなったと嘆いていた」
と、一彦を睨み、
佐藤「これで、ダムそのものを作るのは事実上不可能となったに等しい…この責任は当然の如く負って貰うから覚悟しておくことだ」
一彦、緊迫した面持ちで佐藤と大館を見て、
一彦「お言葉ですが、はじめにダムありきの大水力発電事業はもはや時代にそぐわないのではないでしょうか?犬鷲が、そいつを教えてくれた気もしますが…」
大館「自らの失敗を棚に上げて、社の方針に意見するとはいい度胸じゃないか?少しは、自分の立場をわきまえたらどうなんだ!!」
佐藤「便利な生活を求める人々がいる限り、大量のエネルギーを即座に作り出す施設は今後も必要不可欠であり、我が社はその需要に応える責任がある。君も社員なのだから、知っておいて当然のことじゃないか」
一彦「ならば、その施設がどんな副産物を産み出しているかご存知ですか」
と、ズボンのポケットからヘドロの付付着した石を取り出し、机の上に置く。
佐藤と大館、石を見て、
佐藤「随分と嫌な匂いがしてくるが、こんなものがどうしたというんだ?」
大館、顔をしかめ、
大館「こんな塵同然のものを持ってくるなんて、お前は会社を馬鹿にしているのか?社長にたいしても失礼だから即座に片付けろ」
と、石を掃う。
一彦「いいえ、むしろもっとよく見ていただかないと困ります…これは宝木川の川原で拾ってきたものですので…」
と、石を拾って佐藤の目の前に差し出し、
一彦「…この石にこびり付いてるのはダム底に溜まった砂や木の葉が腐ってヘドロ化したもので、放水された水が溢れる度にこいつの量も増えていってるのです」
佐藤、顔を素向け、
佐藤「そんなものは、環境省にでも任せておけば済む話だ。あまりくだらないことに構っていては、利益が上がらん」
一彦「はたして、そうでしょうか?こいつが海まで運ばれていくことで、流域の植物を枯らしたり多くの生き物の棲み処を壊していくというのに」
と、首を横に振り、
一彦「こんなことが続けば、最後は人間の生活にも大きな影響を及ぼすと私は思いますし、結果的に当社への風当たりも強まるのではありませんか?」
佐藤、一彦の肩に手を置き、
佐藤「随分と利いた風な口を叩くが、君のような若輩者に心配してもらわずとも、我が社には有能な役員が揃っているから大丈夫だ」
と、大館に目をやり、
佐藤「尤も、部下の教育がまともにできないのも混じってはいるようだが」
大館「…」
と、俯く。
佐藤「ともかく、君は机を整理してしばらく自宅で休んでいるといい。私に忠告してくれたことも考え、下請けのクレーム処理係に移動できるよう調整を付けてやるから」
と、笑顔で、
佐藤「向こうで存分に能力を発揮して、せいぜい我が社の発展に貢献するんだな。成績次第では再び元の部署に復帰できる可能性もあるのだから、せいぜい頑張るんだな」
一彦「生憎ですが、そこまで気遣っていただかなくても結構です」
と、懐から「辞表」の封筒を取り出して、佐藤に渡し、
一彦「私は今回の件で多大な迷惑をかけた責任を取り、退職させていただくことにしました」
佐藤、封筒を手に取り、見て、
佐藤「なるほど、こういうことなら、私としても喜んで受理しよう」
大館、笑い、
大館「俺にも大恥をかかせてくれるなど色々と気にくわないところはあるが、なかなか潔いじゃないか」
佐藤「月並みだが、此の社を離れても元気でやっていってくれ。恐らく、もう二度と関わることはあるまいが」
一彦「いえ、いつか大きなエネルギー革命を起こして自らの正しさを証明してみせます。いわば、此の社への『宣戦布告』とでも思ってください」
佐藤「『宣戦布告』だと?」
一彦「…私はこの先、新しい職場で多くの人々を本当の意味で幸せにする社会を作る為に働く気でいます…一部の人間の利益の犠牲になって、苦しむ人々がでない社会を」
と、佐藤と大館をじっと見詰める。
佐藤・大館「…」
一彦「では、指示通りに机の整理に入りますので、これで失礼します」
と、踵を返して扉に向けて歩き、扉を開けて部屋を出ていく。
大館、一彦の後ろ姿に目をやり、
大館「まったく、どこまでも呆れた野郎だ!社に大損害を与えておいて、あんな開き直った態度を取るなんて」
佐藤「ただ、彼に白羽の矢を立てた側の責任も忘れてもらっては困る」
と、大館の顔をじっと見て、
佐藤「どうやら、君には今のポストは荷が重いと見えるから…」
大館「!…しかし、これはっ…」
と、顔を強張らせて、佐藤の顔を見る。