20年もの間放置したのは、行政の怠慢です。市の職員が、ぬれたかさで、たたこ焼きをだいなししたのは、違法です。この職員は、オオダコの屋台撤去の担当者では、ありません。市の職員も悪いことをしているので、人のふりみて、わがふり直せ。といったところでしょうか。道頓堀の川で拾った財布を横領するごときです。覚せい剤でつかまったものもたくさんいます。
石原知事は、カジノは、かまわないといっておきながら、片一方で、性的漫画は、あかんといっているのは、矛盾しています。石原知事は、子供の頃、この手の漫画を読まなかったのでしょうか。男だったら、だれでも、読みたいとおもうのが、正常だと思います。不特定の人の目に付くもの、例えば、TVのような媒体であるなら、問題ですが、単行本のように、自分の目にしかはいらないもので、あるなら、問題は、ないはずです。1人でこっそり読むことまで、規制すべきではないでしょう。
かつて、アメリカで、禁酒法が、成立しました。しかし、酒は、なくならなかったのです。酒は、闇で密売され、それが、マフィアの資金源になってしまいました。昭和30年代、赤線が、廃止になりました。売春禁止法ができました。しかし、現在、売春は、どうどうとおこなわれています。ソープランドがそうです。大阪では、ソープは、禁止になりました。しかし、松島新地、飛田新地では、売春がおこなわれています。行政は、飛田新地、松島新地は、料理組合で、店は、料理屋であり、女性は、酒のお酌などの接待をしているだけとくるしまぎれの説明をしています。飛田新地、松島新地で売春が、おこなわれているのは、子供でも知っています。私は、言いたい。行政は、無駄なことをするなと。今回、性的漫画を禁止しても、それは、水面下にもぐり、ヤクザのしのぎになり、ヤクザの資金源になってしまいます。需要と供給があるので、なくなることは、絶対ありません。
かつて、アメリカで、禁酒法が、成立しました。しかし、酒は、なくならなかったのです。酒は、闇で密売され、それが、マフィアの資金源になってしまいました。昭和30年代、赤線が、廃止になりました。売春禁止法ができました。しかし、現在、売春は、どうどうとおこなわれています。ソープランドがそうです。大阪では、ソープは、禁止になりました。しかし、松島新地、飛田新地では、売春がおこなわれています。行政は、飛田新地、松島新地は、料理組合で、店は、料理屋であり、女性は、酒のお酌などの接待をしているだけとくるしまぎれの説明をしています。飛田新地、松島新地で売春が、おこなわれているのは、子供でも知っています。私は、言いたい。行政は、無駄なことをするなと。今回、性的漫画を禁止しても、それは、水面下にもぐり、ヤクザのしのぎになり、ヤクザの資金源になってしまいます。需要と供給があるので、なくなることは、絶対ありません。
覚せい剤以外のもは、禁止すべきでは、ありません。性的漫画を何万回読んでも、人は、死にません。脳の細胞が、死滅したりもしません。規制は、世の中を不景気にしてしまいます。性的漫画で飯を食っている人は、たくさんいます。それらのひと達が、失業してしまいます。個人の書店は、いまや、経営は、風前の灯です。哲学のような難しい本は、うれません。アダルト系しかうれないのです。零細の出版社、印刷会社もそうです。アダルトの漫画家も他の分野に転向できません。自治体では、生活保護の受給者の急増が問題になっています。今回の規制でますます、生活保護の受給者が、ふえるでしょう。たとえ、倫理的に問題があっても、それで、飯がくえるのであるなら、生命の危険がないかぎり、禁止すべきでは、ないのです。
石原知事は、子供に読ませたくないといっていますが、それは、親の責任です。そして、親の義務です。親が、子供に読ませたくないのであるなら、親が、子供に言い聞かせるべきでしょう。今、日本人にかけているもの、それは、自己責任です。子供の教育は、おやの責任です。第3者に振っては、いけません。子供の教育を第3者である行政に押し付けているのです。親が、子供に読むなと注意して、読むようであるなら、それは、仕方のないことであり、あきらめるしかないでしょう。でも、子供は、こいう本は、こっそり1人でよむもので、たくさん、人がいるところでは、読んでは、いけないんだということを、学ぶでしょう。それだけでも、意義があります。
かつて、日航ジャンボ機の事故でたくさんの人が、死にました。しかし、飛行機を禁止しようという話しには、なりません。自動車事故で、年間何万人もの人が死んでいます。しかし、自動車を禁止しましょうと言う話しには、ならないのです。ところで、性的漫画が原因でいったい何人の人が、死んだのでしょう。誰も死んでいません。でも、禁止されてしまいました。私には、まったく理解できぬものです。
石原知事は、子供に読ませたくないといっていますが、それは、親の責任です。そして、親の義務です。親が、子供に読ませたくないのであるなら、親が、子供に言い聞かせるべきでしょう。今、日本人にかけているもの、それは、自己責任です。子供の教育は、おやの責任です。第3者に振っては、いけません。子供の教育を第3者である行政に押し付けているのです。親が、子供に読むなと注意して、読むようであるなら、それは、仕方のないことであり、あきらめるしかないでしょう。でも、子供は、こいう本は、こっそり1人でよむもので、たくさん、人がいるところでは、読んでは、いけないんだということを、学ぶでしょう。それだけでも、意義があります。
かつて、日航ジャンボ機の事故でたくさんの人が、死にました。しかし、飛行機を禁止しようという話しには、なりません。自動車事故で、年間何万人もの人が死んでいます。しかし、自動車を禁止しましょうと言う話しには、ならないのです。ところで、性的漫画が原因でいったい何人の人が、死んだのでしょう。誰も死んでいません。でも、禁止されてしまいました。私には、まったく理解できぬものです。