夜話 2229 散歩道 その一 | 善知鳥吉左の八女夜話

善知鳥吉左の八女夜話

福岡県八女にまつわる歴史、人物伝などを書いていきます。

夜話 2229 散歩道 その一


最近とみに脚が衰えた。

朝七時ごろからの約一キロの散歩の 見聞記録である。

北方の 長峰丘陵の一角に「継体」と争った「磐井」の墓「岩戸山古墳」が霞む。

 

南の肥後界の「鳶形」山は割と姿がハッキリとしている。

はっきりとしていないのは己の頭の中。

 

吹き飛びつつあるのは知人のお顔と氏名。

 


そろそろ先が短い証拠。

 

そこで日記代わりにかくのごとき覚書を。

 


隣家の老夫人は極めてお元気な もと小学校の先生。

毎朝のご自宅まえの丁寧なお掃除ぶりには かくありたいものと思うばかり。

 

その西の二反余りのたんぼに 最近八女市の掘削風の機械が音を立てた。

 

遺跡調査らしい。つまりそこらに何やらの建築が始まる予告である。

 

何が建つのか やや気がかり。

 

その田んぼと歩道の境に咲く曼珠沙華が やがて姿を消すと思うと ものかなしいしい。 

                               


それを過ぎると歩道寄りに松崎一族の寄せ墓がある。

 

我が家のあ町名は通称 杉町という。

その杉町一帯に江戸期以来定住していたのが松崎を名乗る一族だったらしい。

 

寄せ墓は 三十年ほどまえ 「北大通り」と呼ぶ今の国道ができた時 周辺の一族の墓地を整理して出来たもの。

 そこに併設された「巡礼小屋」もある。

この前を通るとき一礼することにしている。

小屋の奥には小さな弘法大師像がお祀りしてある。

周りにも仏像らしきものが散乱している。家庭内のそれらを持ち寄ったもののようである。


年に一、二度巡礼らしき一団へのお接待もあっているようだ。                           


              

数年前太子像に一礼合掌したらお接待にあづかったことがある。

お仏前に十円供えたらドッサリのお接待には恐縮。

野菜までいただいた。

このころ大師像に菊花などがときどき添えられている。

ここ杉町に住むようになって五十年。

そういえば三島由紀夫が果てて五十年。


何となく コロナ騒ぎともどもこの世も騒がしくなってきた。

明日の散歩には あの庵にゆっくりと手を合わせよう。