夜話2160 自分の軍歴 その三 | 善知鳥吉左の八女夜話

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夜話2160 自分の軍歴 その三 


夜話2157でシラミから解放されて大分陸軍病院(現 大分医療センター)に転送入院したことは語った。

一ケ月ほどこの陸軍病院にいたが 軍医の診断は皆無。

看護婦が検温に来るのみ。


隣の先輩二等兵患者が 体温を7,5度まで上げる方法を

 指導してくれた。


水銀の部分を丁寧にこすると 熱せられた水銀は静かに上昇する。

毎朝それを繰り返すと退院させられることは無い。

無理に慌ててこすると水銀部が折れる。


陸看のオバチャン看護婦は「兵器を破損させた」として患者の頬にビンタを食らわせた。


看護婦に二通りあることを大分陸軍病院で知った。

日本赤十字社の看護婦を「日赤」とよび 彼女らはインチキ患者にも優しかった。インチキ体温を見逃してくれた。


陸軍の看護婦には階級があり「陸看」と呼ばれてエバっていた。


この病院で約一か月間高粱メシで生き抜いた。

腹いっぱいになれば エサはなんでもよかったのである。

高粱に大豆の油粕が混じることもあった。

五月中旬だったか「杉山二等兵 貴様は分院に転送」と一等兵の衛生兵から告げられ トラックで送り込まれたのは温泉旅館だつた。


大分県湯の平温泉街殆どの宿屋が「大分陸軍病院の分院」に指定されており そこの割と大きな旅館の三階に送り込まれた。

病室は八畳の畳の部屋だった。そこにはすでに先住患者がいた。

入り口の柱に「軍曹松ケ迫勲」と記した紙が貼ってあった。自分は軍曹殿に「階級と氏名」を申告した。

軍曹は下士官である。二等兵、一等兵、上等兵、兵長、伍長の その上の階級である。

「まあ坐れ、そうか貴公が同室者か。もう一人明日あたり配属されるらしい。」と軍曹は穏やかにつぶやいた。


軍曹の頭は青々と刈りあげられ秀麗な美男子だった

俺は熊本出身。君は?」と問いかける言葉は階級を無視した 娑婆のもの言いだった。


やや張った顎もこの人物の教養を物語っていた。

二等兵と軍曹は 娑婆では 新入社員と部長ぐらいの格差があった。

新兵と下士官が今日から同室で闘病生活。


翌日長崎出身の竜二等兵が加わり、そこで初めて町医者の召集軍医の診断を受けた。

軍医の診察部屋は一階の旅館の事務所の跡らしかった。


「お前 右胸部を軽くやられとるな。」と初めて診断結果を告げられた。


やられている病名はあえて聞かなかった。

レントゲンの撮影機もない宿屋病院。

軍医も病名告げる勇気も義務もあるまいと思い「わかりました」と大声で返答して診断は完了。

八畳の病室に帰り軍曹に診断結果を告げると

 

「ふたりともついてこい。いまから温泉浴場に案内してやる」と松ケ迫軍曹から声かけられた。

以後 毎日 温泉を楽しむ新兵二等兵の軍隊経験が続くのである。


沖縄に米軍が上陸したというニュースがどこからともなく伝えられたのは間もなくだった。 つづく。