夜話 224  孫の修学旅行 | 善知鳥吉左の八女夜話

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夜話 224 孫の修学旅行           善知鳥吉左の八女夜話

孫の修学旅行は長崎での一泊とか。

長崎生まれのオイラにはうれしいこと

宿泊は長崎湾内のなんとか島のなんとかホテルとか。

児童管理に都合がいいのか。

八女市と長崎、それもグラバーと八女の関係は思いのほか深い。
八女茶の最大の恩人はトーマス・グラバー。

息子の修学旅行も長崎。そのときの担任にはグラバーの件を伝えて旅行の参考にしてもらった。

それから約40年、八女から長崎への修学旅行に、しかもグラバー邸を全員訪れるとか。         

永井博士の半坪の住まいも訪れるとか。

『如己堂』の意味をしっかりと身につけてきてほしい。     

世話焼き爺は今度は孫に同じ説明をくりかえす。

平和公園とか原爆記念館は修学旅行のメーン。

はたしてあの「朝潮太郎」そつくりの醜悪な像からなにを学ぶのか。

あの原爆から二週間目、あのあたりを朝日新聞の知人のカメラマンとさまよった。天主堂の天使の顔がゴロゴロしとったな。

あのままの景色がよっぽど平和教育になつたと思うが、今日お出ましのオバマ大統領さんよ。いかが。

原爆で破壊された天主堂の風景の保存はアメリカが文句言ってパーになったとか。

市内を走るチンチン電車から多くのことを学べわが孫よ。

エコの問題でもある。

ガキのオイラはあの電車のレールにでかい釘をおいてしゃげた釘を磁石にしてよく遊んだ。

車掌にとっつかまってゲンコツくらったな。

その電車みち(むかしはそんなに呼んだ)をよぎって坂道上がったところにオイラの勝山小学校があった。いま廃校。

校歌は石橋忍月作。

孫と一緒に長崎に行きたくなったなア。

孫はどうやら爺のふざけた魂胆に気付いたよう。

目をそらす。

オイラの生まれた長崎市紺屋町七番地には、いま長崎県警が建っている。オイラが何か悪い事でもしたような気にさせられるな。

孫め、「なぜじいちゃんの生まれた家が警察になつたと?」と怪しい眼つきでオイラを見つめた。

生家の前の小川はまだ現存のよう。癇癪オヤジから襟首つかまれ、ほうり込まれた旧蹟。

孫が長崎で何を学んでくるか。楽しみである。

チャンポンより皿うどんがうまいぞ。

アイスクリンはもうないとか。浜の町のデパート前のヤツうまかったな。

そんなことつぶやく爺を「おかわいそう」といった目で孫がみている。

餞別で、ご機嫌でもとるか。

変な平和主義者の種なんぞひろってくるなよ。