鶴と亀   | ひまわりのブログ

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ひまわりのようだった兄に捧げるブログ

 

人 物 

亀龍一(21)大学四年生

鶴麗子(18)女学校三年生

鶴初枝(58)麗子の祖母

鶴泰造(42)麗子の父

鶴喜代子(38)麗子の母

亀朔太郎(45)龍一の父

車掌

女の子

 

 

○電車・中(夕)

   電車の右側車窓からは白浜と夕陽が沈もうとする青い海が広がって見える。黒い学生帽、夏服の白いシャツ、黒いズ

        ボンを着用、精悍な顔つきをした長身の亀龍一(21)は、車中で本を読み耽っている。車掌が龍一に近づいてくる。

車掌「終点ですよ、お客さん」

龍一「すみません」

   龍一、慌てて本を革の鞄にしまい込み、下車の準備をする。

 

○紀伊勝浦駅・外(夕)

   龍一は、急いで降り立ち、夕陽に染まった駅舎を見る。薄桃色の単衣の着物にえんじの袴を着用し、長い黒髪に大き

         なリボンを頭につけた色白の鶴麗子(18)が見える。

麗子「龍一さん、お帰りなさい」

龍一「お嬢さん!お一人で来られたんですか?鶴家の者に見つからない内に早うお帰りなさい」  

麗子「ひとめお会いしたかったの…」

麗子、着物の袖を顔に当て、頬を染める。

龍一「さあ、早うお帰りなさい」

      龍一、促すような目で麗子の瞳を見つめる。

 

〇鶴家・外観(夕)

   高台に建つ瓦屋根の日本家屋の邸宅。

   屋根のてっぺんには鶴の家紋。門には「鶴」と書かれた木の表札。

 

〇鶴家の玄関・中(夕)

   麗子、帰宅すると、玄関先で鶴泰造(42)が仁王立ちしている。

泰造「麗子、何度言ったら分かるんだ!龍一は学はあるが、しょせん漁師の倅だ。鶴家は、由緒ある網元じゃ。やつに近づ

    いてはならん」 

鶴喜代子(38)、玄関先に飛び出し、泰造の足元に手をついて

喜代子「あなた、麗子も反省していることですし、許してやって下さい。麗子、お父様に謝りなさい」

      麗子、涙目で床に手をついて

麗子「お父様、申し訳ありませんでした」

   泰造、喜代子の方を見て

泰造「おまえの躾がなっていないからだ」

   喜代子、さらに頭を深々と下げて

喜代子「わたしからきつく麗子を叱っておきますので、お許し下さい」

泰造「おまえは甘いからな。麗子は夏休みの間しばらく蔵に閉じ込めておきなさい」

喜代子「承知いたしました」

   喜代子、麗子を連れて母屋に入る。

 

〇同邸・麗子の部屋・中(夕)

        麗子、畳の上に敷いた布団に突っ伏して泣いている。鶴初枝(58)、麗子の部屋の障子を開ける。

初枝「麗子、お帰り」

   麗子、起き上がって初枝に抱きつき、初枝の腕をギュッとつかみ  

麗子「おばあちゃん、私…」

初枝「分かっているよ、麗子は龍一のことが好きなんだろう」

  麗子、コクっとうなづく。

麗子「おばあちゃん、若い時に好きな人はいたの」

   初枝、微笑んで

初枝「そりゃ、おばあちゃんにも好きな人はいたわ」

    初枝の目をじっと見つめて

麗子「おじいちゃん以外の人?」

   初枝、咳払いをして

初枝「麗子と同じように身分違いの人を好きになったことがね」

麗子「それでその人とはどうなったの」

初枝「駆け落ちしたけれども連れ戻され、私は家が決めた人と結婚したのよ」

麗子「それがおじいちゃんね。相手の人はどうなったの」

   初枝、顔を曇らせて

初枝「その人は亡くなったのよ」

麗子「そうなの…」

初枝「麗子、あなたには私と同じ轍を踏ませたくないわ」

麗子「私もこのままだと、家が決めた人と結婚をさせられるわ」

初枝「私に考えがあるわ」

   初枝、麗子の耳元に口を寄せて話す。

麗子「おばあちゃま、分かったわ」

初枝「今晩は部屋でゆっくり寝なさい。明日からは蔵で寝泊まりだからね」

麗子「おばあちゃん、おやすみなさい」

   麗子、初枝が障子を開ける後ろ姿を見送る。

麗子の心の声「本当にうまくいくかしら。でも、龍一さんに会いたい」

   麗子、窓に見える満月に龍一の顔を重ね合わせて思い浮かべる。夜空に流れ星一つ。麗子、手を合せて願い事を口

        ずさむ。

 

〇亀家・外観(夕)

   白浜沿いにある小さな木造の平屋。波の音が響く。

 

〇同家・中(夕)

   土間の玄関に続く、一間の部屋。部屋の中央には庵があり、鉄瓶がシューという音を立てている。亀朔太郎(45)

        と龍一が庵を挟んで話をしている。

朔太郎「よう帰ってきたな。龍一、学業は進んでおるか」

龍一「おとう心配かけてすまん。もうすぐ卒業だ就職したら親孝行するつもりだ」

朔太郎「わしのことは心配せんといい」

龍一「役所の仕事についたら奨学金を払わなくても済むしおとう一人ぐらい養える」

朔太郎「わしは足腰が動くまで白浜で漁師をするつもりだ」          

龍一「おとうに無理させたくないんだ」

朔太郎「わしのことより龍一、おまえはどうなんだ」

龍一「役所の試験を受けて、受かったら街に住むつもりだよ」

朔太郎「嫁はもらわないのか」

龍一「就職して生活が安定するまでは、結婚せんと」

朔太郎「すいとる女子

(はいないのか」

龍一「法学部だから女子学生はいないし、そんな余裕もないわ」

朔太郎「そうか。ところで網元のお嬢さんとはおうたか」

龍一「そういえば偶然駅で見かけたな」

朔太郎「幼い頃は、おまえとお嬢さん、よう遊んでおったのう」

龍一「そんな昔のこと」

朔太郎「わしは、お前たち二人のことが心配なんだ」

龍一「網元と網子の家では格が違う」

朔太郎「先代の初枝様のこともあるしな」

龍一「初枝様がどうされたんじゃ」

朔太郎「もう四十年も前のことじゃが、初枝様には好いた人がおって、駆け落ちされたんじゃ」

龍一「あの初枝様が」

朔太郎「わしにはおまえ達二人と初枝様のことが重なって見えるんじゃ」

龍一「そんなことしたらおとうは網子ができなくなるし、この村を追い出される。そんなことは絶対せんよ」

朔太郎「そうか。恋は人を狂わせるからな」

龍一「おとう、明日の朝も早いんだろう。そろそろ寝よう」

朔太郎「おまえも疲れたろう。おやすみ」

        灯を消して、それぞれ床に入る朔太郎と龍一。龍一、見つめている天井ポットにぽっと麗子の顔が浮かぶ。

龍一の心の声「麗子さん…」

   静まり返った部屋にカエルの声鳴り響いている。

 

〇亀家・中(朝)

   窓から朝日が指している。台所に立つ

   龍一。竈からご飯の湯気が立ち、トントンとネギを切る音。朔太郎、寝床から起き上って

朔太郎「早いな龍一」

龍一「漁に出る前に朝飯を作っておいたよ。お結びも結んでおいた」

   ちゃぶ台にご飯、みそ汁、たくあんが並んでいる。

朔太郎「ありがとう。二人で食べる飯はうまいな」

龍一「本当にうまいな」

   龍一、朔太郎にお結びを持たせて、漁

   送り出す。

 

〇白浜海岸・中(朝)

   青い海に白い漁船が数隻浮かんで漁をしている。女の子、白い砂をザクク踏んで龍一に黙って結び文を渡す。

龍一「これぼくに」

   女の子、コックと頷く走り去る。龍一、結び文を開けると

結び文「今晩八時に、鶴家裏手門に来て下さい。初枝おばあ様が手引きしてくれます。私は、蔵に閉じ込められています。

   麗子」

   龍一、結び文を持った手を振るわせて

龍一の心の声「鶴家の奴らは、一体何てことをするだ。麗子さんを蔵の中に閉じ込めるなんて。だが、僕が行けば、おとう

 に迷惑が掛かる。で麗子さんを助けたい。一体僕はどうしたらいいんだ」

 

   龍一、頭を抱えて佇む。