敬と礼 | ひまわりのブログ

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敬と礼

嶋崎敬(11)兄

嶋崎敬(21)兄

嶋崎礼(11)弟

嶋崎礼(21)弟 

菊元綾乃(11)幼馴染

菊元綾乃(21)幼馴染

嶋崎いと35)(45)母

嶋崎敬一郎(45)(55)父

 

〇嶋崎家・外観

   T・昭和十年(一九三五年)八月

              レンガ造りの二階建て家屋。表札には「嶋崎」、その横に「嶋崎医院」という看板。

 

〇同家・中

   母屋の日当たりのよい縁側では、昼寝をしている猫の横で嶋崎礼(11)は、生物図鑑を読んでいる。庭では、嶋崎敬

      (11)がけん玉をしている。礼、敬は、丸刈りにランニング、半ズボン、下駄を着用。二人とも同じ顔立ちと背格

        好。おかっぱに白い半袖のブラウス、赤いスカート姿の菊元綾乃(11)は礼の傍で猫を撫でながら、シャボン玉を膨

       らませている。庭先には昼顔。雨蛙がシャボン玉を大きな目で見つめている。

   礼、綾乃の顔を見て

礼「綾乃ちゃん、昼顔の葉っぱを見てご覧」

   綾乃シャボン玉を膨らませるのを止めて葉っぱを見つめて

綾乃「ああ!アオガエル」

礼「あのカエル、綾乃ちゃんのこしらえたシャボン玉をじっと見つめているよ」

綾乃「ホントだ。目がキラキラしている」

   敬、アオガエルを捕まえて綾乃の顔に近付けて

敬「ほうらアオガエルだぞ」

   綾乃、頬を膨らませて

綾乃「敬ちゃんのいじわる」

   礼、敬からアオガエルを奪って、庭先に逃がし

礼「敬は相変わらずだな」

敬「お前のように女々しくないからな」

   綾乃、二人の間に入って

綾乃「けんかは止めて」

   綾 乃、礼と敬の手を取って

綾乃「仲直り。三人はいつも一緒よ」

   礼と敬、顔を見合わせて照れ笑い

   母屋から嶋崎いと(35)が大きな声で

いと「敬、礼、綾乃ちゃん、お昼よ。手を洗っていらっしゃい」

敬・礼・綾乃「はーい」

   庭先ではアオガエルがピョンと跳ねて親ガエルの元へ。

 

〇同家・外観

   T・昭和二十年(一九四五年)七月

   色あせたレンガ造りの二階建て家屋。嶋崎医院の看板は、色あせて文字が消えかかっている。窓は白いバッテン印

         の紙がガラス一面に貼っている。玄関も家の灯も見えない状況。空襲警報が止む。

 

〇同家・居間・中

         嶋崎いと(45)、裸電球に被せた黒い毛布を取る。居間には嶋崎礼(21)が青白い顔をして寝ている。嶋崎敬一郎

        (55)が礼に聴診器を当てている。

礼「父さん、僕もう長くないんだろう」

敬一郎「おまえの病気はわしが治してやる」

   礼、くしゃっとした笑顔で

礼「ありがとう、父さん」

敬一郎「ゆっくりと休め」

   いと、敬の軍服姿の仏壇の写真に手を合せて

いとの心の声「礼までも連れて行かないで。敬、礼を守って」

 

〇同家・玄関・中

菊元綾乃(21)、玄関を開けて中へ入って来る。

綾乃「こんにちは」

   いと、玄関先まで出て来て

いと「綾乃ちゃん、空襲、大丈夫だった」

綾乃「ええ、防空壕に入っていましたから。それより生卵、もらったのよ」

綾乃、布に包んだ卵四つをいとに差しだす。

いと「まあ、こんな貴重なものを。あら四つも」  

綾乃「私ったら敬がまだ生きているような気がして」

いと「綾乃ちゃんもそう思う?私もあの子がまだ生きているような気がして」

玄関の傍にある桜の木の葉が風で揺れる。人影が走り去る。 

いと「変ね、野良犬かしら」

綾乃「おばちゃん、気を付けてね。それじゃまた」

 

〇同家・居間・中(夜)

   礼が居間で布団を敷いて寝ている。柱時計が十二時を指し、ボーン、ボーンを音を立てている。庭先でガサガサという音がして人影が居間の襖を開けて入って来る。居間の灯で軍服姿が浮かび上がる。

敬「具合はどうだ」

   礼、布団から起き上がって  

礼「ああ、何とか持っているよ」

敬「母さんも綾乃も元気そうだな」

礼「ああ、二人ともおまえがまだ生きている

ような気がするってさ」

敬「だが俺は死んだことになっている」

礼「誰が骨一つない木の箱を見て、おまえが

死んだと思うか」

敬「俺は亡霊みたいだな」

   居間に続く廊下を歩く足音。

礼「誰か起きたようだ」

敬「じゃまた来る」

   いと、居間の襖を開けて入って来る。

いと「礼、人の話声がしたようだけど」

礼「ごめん、母さん。最近寝れなて独り言を言う事が多くて」

いと「そう。早く寝なさいね」

   いと、襖を閉めて廊下に出る。

礼の心の声「危なかったな。敬の奴、こうし

ょっちゅう来られては困るな」

 

〇同家・庭・中(朝) 

   庭先では紫色の朝顔、小鳥が鳴いてい

   る。礼、庭先の木戸の錠を閉めようと

している。綾乃その木戸から入って来

ようとしている。

綾乃「礼、おはよう」

   礼、驚いた顔で木戸の前に立って

礼「綾乃…」

綾乃「この庭先の木戸は、私たち三人の秘密

の入り口でしょう」 

礼「子供の頃のな」

   綾乃、強い口調で

綾乃「この木戸は二人になってもそのままにして」

礼「どうしたんだ、そんなにムキになって」

綾乃「この木戸は、敬、礼と私の友情の印よ」

礼「母さんが野良犬がうろついているのを心

配していたからさ」

綾乃「この木戸はくぐれないわ」

礼「わかった、わかった」

   綾乃、ふーっと息を吐き

綾乃「敬がいなくなっても、ここは私たちの秘密の入り口よ」

    いと、縁側の奥から礼と敬のやりとりを聞いている。       

                                                         

〇同家・居間・中(夜)

       礼が居間で布団を敷いて寝ている。柱時計が十二時を指し、ボーン、ボーンを音を立てている。庭先でガサガサとい

       う音がして人影が居間の襖を開けて入って来る。いと、居間の廊下にただ図んでいる。

礼、布団から起き上がって     

礼「敬、おまえか」

敬「礼、具合はどうだ」

礼「相変わらずさ。胸の病は治りはしない」

敬「そう言うな。俺は米軍の捕虜になって新

薬のことを知った

礼「そんな薬、どうやって手に入れるんだ」

敬「もうすぐ戦争は終わる。俺は米軍が進駐してきたら新薬を手に入れる商売をする」

礼「戸籍もない死んだ兄さんが?」

敬「大丈夫さ、俺に考えがある」

礼「兄さんは、本当は俺なんか死んだ方がいって思っているんだろう」

  敬、顔を真っ赤にして強い口調で

敬「何を言うんだ、礼。俺はお前のことを心から心配しているんだぞ」

礼「大きな声を出すな。母さんが起きてくる」

敬「わかった」

礼「じゃ、僕が嶋崎医院を継いでもいいんだな」

敬「もちろん、そのつもりさ。おまえは元気

になったらいい内科医になるさ」

礼「母さんと父さんのことは、俺が面倒を見る。それから、綾乃のことも」

   敬、一瞬言葉を詰まらせるが

敬「母さんと父さんのことは頼むよ。おまえが小さい頃から綾乃のことが好きなことは知っていたさ」

礼「兄さんもだろう」

敬「綾乃はいい子だ。きっとお前のいい伴侶になる」

   礼の顔が歪み

礼「兄さんはいつもいい子ぶって、本音を言わない」

敬「死んだ俺には権限はない。おまえたち二人のしあわせを祈っている」

礼「兄さん、いいことを教えてやるよ。綾乃は俺の子を身ごもっている」

  敬、目に一瞬暗い影が差すが

敬「おめでとう。俺はもう来ないよ」

   柱時計は十二時半を指している。

敬、肩を落として居間を出る。