●ぶらり行く東海道 富士南麓 原の宿・千本松原~吉原~雪!の蒲原宿 | きょうのもののふフォト列伝 ー古戦場 城 もののふ 旅ー

きょうのもののふフォト列伝 ー古戦場 城 もののふ 旅ー

熱く 燃えて 散って 逝った 我ら祖先のもののふ達 その懸命な生きざま姿を追う旅を続けています。

        信州も暑い、熱い熱い

その最中に東海道を歩いたわけではありません。為念。

 

 

というわけで…。

 

東海道五十三次、江戸から13番目の駿河国・原の宿場街へ。

広重は、枠からはみ出るこんな豪快な富士を描いている。

三島宿~沼津宿の街並を抜けて原の宿へ。

といっても街道筋でなく、千本松原の防波堤を駿河湾を眺めながらブラブラ歩く、これが実に爽快。

歩きながらの大声での唄は、モチ定番の。

 ♬~あした浜辺をさまよえば~♬(フルイトイウカコレシカシラナイトイウカ)

浜辺に飽きたら、千本松原の中の、松並木の道へ移動。

延々と松並木が続く。

この近くの、この辺りを毎日散歩できる人が羨ましい。

松はみな海から押されて陸側に。

 

防波堤を下りて、波打ち際へ行くと。

海岸にはこんな富士山の石絵が。

素晴らしい!

本物の富士は千本松原がジャマしてなかなか見えないからちょうどいい。

全長およそ15㌔、千本松原と防波堤が並んで続く。

千本松原が終わったころ、やっと富士が。

やや、こりゃ雲霧の中か。見えますか?

JR吉原駅のあたりから本来の東海道筋を歩き、吉原宿へと向かう。

 

新幹線のガード下を抜けて、ここは左富士神社

この辺りは街道が北へ向かうので、富士が左手に見えるということから名付けられたという。

 

広重さんの絵は、確かに左手に富士が描かれている。

街道の道って、こんな感じだったのか。なかなか想像ができない。

境内のベンチで「ちかれた~」。ここは幼稚園か?

さて出発、しばらく行くと。

平家が水鳥の羽音で逃げ出したあの富士川の合戦の古戦場碑、「平家越え」の碑。

 

写真の季節が違うでねぇか、なんていわない、いわない。

現在の富士川とはかなり離れたところ。

昔は川筋が大きくこの辺りまで広がっていたのだろう。

今は和田川に平家越えの橋がかかっている。

 

和田とはあの源氏方の猛将・和田義盛(後の侍所長官)が由来とか。

近くに義盛を祀る和田神社が。

吉原の宿は、今は賑やかな商店街。

ここを通り抜け、富士川を渡り、右岸の河岸段丘の街道を上って、蒲原の宿へ向かう。

 

富士川と、向こう岸の富士市・富士宮市の町並みを望む。

 

 

むかしながらの狭い街道の道筋に岩淵の一里塚がよく残されていた。

 

街道を歩いて、東名高速の上で立ち止まり富士を眺める。

 

薄く空に溶けるような富士の姿

富士を背にすると、おお、駿河湾が再び道の向こうに。

下り道はラクラクチンじゃわい。

そして白壁が美しく眩しい光蓮寺へ至る。

着いたぞ、もうすぐ蒲原だ。

五十三次の絵で、最高傑作ともいわれる、あの「雪の蒲原」だ。

次回。

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