今日はミルクキャラメルの日 | 女浪士 あずみ

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小学生の頃好きだったお菓子、教えて?

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雑穀や水あめを練り、庶民の間食に用いられてきました。安い値段で食べられるので、このときは一文菓子と呼ばれていました。

地方では「ほしいい」と使った駄菓子が常備食となり、東北地方では伝統菓子として有名なものになりました。

駄菓子は、1711~1715年頃から、上菓子という高級菓子と対称的な意味で名づけられました。

この頃、高級菓子に使われるような砂糖は貴重なもので、駄菓子に使われる材料は黒砂糖やザラメなど、制限されていました。

江戸時代の駄菓子が1文、明治時代には1厘~5厘、大正時代には1銭、昭和時代に5銭と高騰しました。

少しずつ砂糖を使ったお菓子が増え、大正時代にはグリコによって初めておまけつきの駄菓子が誕生しました。

駄菓子が栄えるようになったのは、昭和20年代からのことでした。昭和40年代になると、大量生産の時代になりました。

かつて駄菓子として扱われてきたどら焼きや最中は高級菓子や郷土菓子として扱われるようになりました。