床屋 髪結床。 | 女浪士 あずみ

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美容の歴史の項でも触れましたが、昔の日本は髪結い文化でした。

その後、「断髪令」が発布され、「近代理容業」が生まれました。

これが、理容業の始まりです。

世界規模で見てみると、釈迦の時代から理容師は存在していたようですので、その歴史はかなり古いものであると思われます。

理容室のことを「床屋」ということがありますが、これは髪結いの店を「髪結床」と呼び、その呼び名が「床屋」と変化したものだそうです。

よって、髪結いの文化は、美容よりも理容に近いと考えることができますね。

理容師といえは、青と白と赤ラインがぐるぐる回る看板が印象的です。

この看板は一体なにを表しているかご存知でしょうか?あの3色の看板のことを、「サインポール」というのですが、サインポールの意味にはこれにはさまざまな説があります。

あの3色の色は、動脈と静脈、包帯を表しているといわれる説が有名ですね。

昔のヨーロッパでは、理容室と外科医が併設されていたため、サインポールが看板として採用されたのだとか。

しかし、この説は正しくないという考え方もあるようですので、実際にはどのようなものであるのか、確実なところはわかっていないようです。

このサインポールは、営業中は回っており、閉店後は回転が止められます。

まれに、該当代わりに閉店後も回していることがあるようですが、気をつけて見てみると、閉店後は回転が止まっているお店が多いようなイメージがあります。

また、予約がいっぱいのときにサインポールの回転を止める理容室もあるそうです。

サインポールの3色の色については異論がありますが、昔のヨーロッパでは外科医と理容室を兼ねて運営されていたというのは本当らしいです。

今では外科医と理容師が同じ人によって運営されるなんて考えられませんよね。

理容業が普及し始めたころは、パーマやカラーといった施術は行われていませんでしたが、今では理容室でもこうした施術が行われ、かなり幅広い技術が提供されています。

美容室同様、理容室でもヘアスタイルの流行に合わせてさまざまな技術が進化していますので、
これからさらにいろいろなヘアスタイルが生まれそうです。