稲 米。 | 女浪士 あずみ

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イネの栽培の歴史は古く、紀元前12~13世紀頃

イネが栽培された当初は、おそらく山地・丘陵でアワ、ヒエ、キビなどの雑穀類とともに混作されており、その後、イネだけが独立して水田で栽培されるように なったものと思われます。

その理由として、イネは水田栽培に適しており、うまく育てると収穫が多くなり、しかも安定していること、穀粒が他の雑穀類と比較 して大きく、モミもとりやすいので調理しやすい点があげられます。

栽培地の条件に応じて、水田で栽培される水稲と、乾燥に強く畑で栽培される陸稲(オカボ)に区別することができ、米質により、粘りのあるモチ米と粘りの少ないウルチ米とがあります。

日本人が3000年間もの長きにわたって利用している米、ジャポニカ種の祖先となるアジアイネの原産地は、一体どこなのでしょうか!?

現在最も有力なのが、中国の長江中・下流域とする説です。

紀元前5000年、浙江省河姆渡(かぼと)遺跡から、炭化米や稲穂の文様を描いた黒陶などがみつかっています。

朝鮮半島南部を中心とする地域からも、約2500~3000年前の炭化米やヒエ、アワ、ムギなどの雑穀類が一緒にみつかりました。