※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
宛てもなく駅への坂道を下りてゆくと、前夜の火事の被害の大きさが分かった。
いつもの中華屋さんやスーパーも建物は残っていたけれど、共に入り口が壊れていて中に人が居る気配も無かった。スーパーの方は建物の周囲にロープが張られて、近寄れない様になっていた。
更に歩いてゆくと、建物の壊れ方がだんだんひどくなっていることが分かった。そして、前日の朝にラジオで聞いた通りに、その日も電車が走っていないことに気付いた。
前日の震災当日の朝に、高速道路が倒れたことは自宅から見て知っていたけれど、駅は見えなかったので、脱線した電車があること以外は、どうなっているのかは分からないでいたし、電車が走っていないことに気付いてから、ラジオがダイニングテーブルに置かれたまんまであったことに気付いたのだった。
急なガス漏れで、慌てて荷物を居間から玄関へ出したのだから、持ち出しを忘れても仕方が無い状況だった。
気付くと別世界の様に、壊れた街の中で、大人か、大人と一緒の子供しか歩いていなかった。急に恐怖と淋しさを感じた私はジャンパーのポケットの中へ右手を入れて、ポケットの中のフイルムケースを握りしめてから、小学校へ戻ろうと、下りてきた坂道を上がり始めた。でも、間もなくして、父に名前を呼ばれた気がして立ち止った。周囲を見たけれど、父の顔を見つけることが出来ないでいた。
立ち止って迷った末、駅へ向かってもう一度、坂道を下り始めると、再度、父が私の名前を呼ぶ声が聞こえた。立ち止って下り坂の先を見ていると、ボロボロのキャップ帽を被って、汚れたコートを着た男性が私に向かって手を振っていた。
心の中で、まさか……と思いつつ、走って行くと、ボロボロのキャップ帽の下に、やっと父の笑顔を見つけることができた。
「パパ!」
駆け寄って抱きつこうとした私に、胸の前で小さくホールドアップをしてから、
「止めとき、よう汚れとるから、新品の帽子が汚れんで」と言われたので、私は両手で父の右手を握りしめて、大きく父の右手を振った。
「お帰り、心配しとったんやで!」
「皆は?」
「……」
私がそのまま俯いて黙っていると、
「おじいちゃんとおばあちゃん、無事やったで。言うても、おばあちゃんは箪笥の下敷きになっとったから、助けるの大変やったけどな」と言うと、その後は何も言わずに、私の手を引いて坂道を上り始めた。
※ 神戸市営バスの震災後の復旧についての資料を、ネット上で見つけることが出来ませんでした。なので、書かないことを選びました。ご了承願います。でも、震災当日は動いていなかった様です。