最近読んだ本で、禅僧の書いた本がある。そこに書いたあったフレーズが心に残る。
『あらゆる感情が沸き起こっては、それをすぐさま水のように風のように受け流していく事が大切。』
なるほど。私達は、日々たくさんの経験から無限の感情が沸き起こり、それを喜怒哀楽とよぶのだろうな。その本の冒頭にこうも書いてあった。
『悲しみに暮れるのではなく、また喜びに溺れるのでもなく、平常心を保つ事。いつでも無であることが禅僧の修行であり、人生を生きる上で大切な事。』
私がこの本を手にし見開きのこの文を見たのが購入のきっかけでした。まさに、今の私の心情にピッタリな言葉であったし、"禅"についても気になり始めていたので丁度良かった。
最初の文に戻ると、私はこのフレーズ(言葉)に感銘を受けたのではなくて、その次にこの心に現れた、別の表現をすると"変容"した言葉・フレーズがとてもしっくりくるものとなった。
感情は水のように風のように、または光のように次の瞬間には消えてなくなってしまう。
たしかにそうだと思った。誰かに怒りを覚えても、寝て起きればどうでも良くなっていたりする。だから、感情というのは本当に自分が思っている事ではなくて、いっときの反応に過ぎないと言ってもたぶん、間違いではないと思う。であるならば、そんなものに振り回されることなくすぐに受け流す事。そのうち消えてなくなるものをただ待つのではなく、自ら断ち切る。そして、本来の自分の心で相手に向き合う。それがより良い人間関係につながる。
これについては反論の余地はなく、まさにその通りだと私は思った。思ったのだけれど、それと同時に感じたのは、
『感情も一期一会』
消えていく運命。その時沸き起こる感情もまた"出逢いそのもの"なのだと思ったのです。継の瞬間にはまた別の感情が起こってくる。
私達が日々誰かと出逢い、また別れを繰り返すご縁。それを、『一期一会』だと大切にする心がこの国にはある。
この心に現れては消えていく感情。それはまさに出会いと別れ。私の中で起きているご縁であり、それは大切にすべき『一期一会』なのだなぁと、思えたのです。
人生にはまことに、良きこと悪きことがあるものです。良い事ばかりな人生を望むけれども、そんな事は叶わぬユメ。悪き心もまた避けがたいもの。だからこそ、受け流す。それも良い。でも私は、悪き心もまた一期一会。大切なご縁なのだと感じてみようと、抱きしめてみようと思ったのです。
そうか。この胸を締め付ける。苦しさを覚えるこの心をも抱きしめる。嬉しかった事や楽しい心。それを大切に大切にしまい込むことと同じように、悪き心もまたありのままの自分の一部。抱きしめ、感じ切り、大切にしまい込む。それは、経験となって、誰かの悪しき心をも抱きしめる事ができるようになるのではないかなぁ。
日々修行を積み重ねる偉大な禅僧の言葉から、私の中を通って生まれた心。それは、他ならぬ私自身を幸福にしてくれるものでした。この気付きもまた一期一会。喧嘩なんてする必要はないし、無理をして悪しき事を受け止める必要はないと思う。でも、できる範囲で受け止める事ができた分だけ、他の誰かを理解でき、受け止め、抱きしめる事ができるような気がしている。
今回の本はこちらです。よろしければご参考にしてください。
