「必要なもの」を全部なくしたら、僕らはどうなると思う?


あれもないと!これは絶対必要!あ〜あれもあったらいいなぁ〜!………


重くなる。(笑)


生きていくには、いろんなものを必要としなければならないのよね。まずお金よね。あとは、そのお金を維持する為に、仕事よね。仕事を維持する為に、身なり・我慢・根性・………


上げればきりがない、この世の"必要なもの"たち。中には、キンキラキンに体に飾りを、お家にはもっともっと良い家具を〜、もっと可愛い服とか〜、かっこいい時計。車ぁ〜。


より、エゴの方へ。エゴという私だけの幸せへ。しあわせ…?うーん、違うかも。それも単なる必要性を満たしてるってだけかな。



そーゆう必要性をぜーんぶ取り払ったら、僕らはどうなるんだろうね。たぶん、僕らが最後に手放すのは服なんじゃないかと思う(笑)
これ、持論です(笑)
服を着なくても、下着もだよ?誰もがなんら変わらず生活できる社会が一番平和な世の中だと思ってる。だから僕は、いつか全裸で生活する事を夢に見てる。(笑)(笑)



あとは、本当に必要なものというのがなくなった人を、僕は植物というと思ってる。彼らは、二酸化炭素と日光と水が必要。あとは、細かく言えばいろいろあるんだろうけど、我々動物と比較すると究極にミニマリストだ。なにより、生きる為に、他の命を必要としないところこそ、究極の精神性だと思ってる。



そして、そうした"在り方"を、【自然】と私は呼んでいる。



自然=植物じゃないよ。植物たちの"在り方"をさしてるんだよ。



彼らは、この地球で気が遠くなるような年月を生きてきた。私達の何倍の経験や知性や愛をもってるのかなんて、もう分からない。そうして、長ーーーーく生きてきた中で、いろんなものを必要としなくなったんでは、、、ないだろうか。そうして、今の彼らとなり、自らは多くを必要とせず、必要である我々動物に糧を恵んでくれる。




我々は植物を育てるし、栽培するし、糧とする。それは、必要だからなんだ。でも彼らは、おおよそ水と光りと空気で大丈夫。必要なものが少ないんだ。だから、与えることができる。



私達人間のほうが優位かのように思いがちだけど、全く逆なんだね。しかも、彼らはそれすらも口にせずただただ与える。そして、淡々と成長し命を紡ぐ。それを見せてくれる。自然の生き方・在り方を。



私達がしてきた事を、ずっと見守っているのですよ。戦争をし、開発をし、彼らを壊した時も、ただ黙って見ていた。主張も批判もせず、淡々と在り続けてくれた。私達が、きっと思い出す事を信頼し、成長してくると信じ、今も待っている。



「宇宙とつながる、ミニマリスト、愛、自然保護、神様、日本、自然崇拝、縄文、神道、古事記、平和」いろんなワードが今降りてきている。もう一度大切なものはなんだったっけ??ってなってる。それは、彼らがずっとずっと見せてきた"共生"の世界を示唆しているような気もする。



本当に必要なもの、本当は必要ないもの。その先に、本当にシンプルな世界が待ってるのではないかな。そして、少し彼らに近づけるような気もしてる。



必要なものを、全て払ったら我々はどうなるのだろう?その答えは、分からない。でも、その道筋に『植物』がいる気がする。そして『自然』の本当の意味がある気がする。そして、『平和な色』が見え隠れしている。



今日、このごろ。