戸板康二の推理小説の短編23編を収録しています。これまでシリーズの中で(1)(2)(4)を読みました。作者として描かれる竹野は、すでに新聞社をやめており、中村雅楽は舞台に立たずに、後身の指導をしているという設定で、物語は、我楽の若いころの芝居での話が中心になっています。

 歌舞伎にとどまらず、新劇や外国の作品にも造詣の深い戸板康二らしい描写も多く見られました。また、これまでいろいろな芸談を読みましたが、そこに出てくる俳優の逸話が取り込まれています。例えば、「楽屋の蟹」は、8代目三津五郎の猫ぎらいの話をもとにしていると思います。また、「砂浜の少年」は6代目梅幸の次男・泰次郎が、海に避暑に行っているときに、顔にできた吹き出物にばい菌が入って亡くなったということをもとにしています。

 「芸養子」では、歌舞伎界での養子などの考え方や捉え方がわかります。

 「四番目の箱」に次のような文がありました。

 

  ポーシャを、ポーシャ姫といったりするのも、ひと世代前の呼びならわしらしい。雅楽とは、  

  電話で話しているだけでも、教わることがあるのだ。

 

 「ポーシャ」は「ベニスの商人」の登場人物です。この文は、芸談のもつ可能性

を教えてくれています。

 中村雅楽のシリーズはあと1冊残っています。