先日、感想を書いた『平成の藝談~歌舞伎の真髄にふれる』のタイトルにある「藝」の字体について最後に触れました。

 もうひとつ、私が書いた文章とタイトルが異なることばがありました。「しんずい」です。私は「神髄」と書きましたが、タイトルでは「真髄」とあります。この2つの表記の違いはなんなのでしょうか。

 NHKや共同通信社、読売新聞、毎日新聞などマスコミ各社は「神髄」を使っています。マスコミ各社は、「常用漢字表」をもとに漢字表記を決めています。「常用漢字表」は一般社会で使う漢字の目安となるものです。この範囲の漢字であれば、多くの人が読めるというものです。この漢字表に掲載のない漢字は「常用漢字表」外ということで「表外字」と言います。

 国語辞典を見ると、漢字表記の上に「▲」あるいは「×」などマークがついている場合があります。「×」は常用漢字表にない漢字(表外字)であり、「▲」は、漢字は常用漢字表に掲載されている「表内字」だけれども、そこに示されている読みは常用漢字表にはない読み方である(表外音、表外訓)ことを示しています。

 さて、「しんずい」の漢字表記「神髄」「真髄」ともに、常用漢字表にある漢字ですし、読み方も掲載されています。マスコミ各社が「神髄」としているのは、そのことばの成り立ちによるようです。

 国語辞典を引いてみます。前に述べたように「神髄」も「真髄」も常用漢字表にある漢字なので、国語辞典ではどちらの表記も示されています。ポイントはその語源のようです。

 『新選国語辞典』(小学館)

  (精神と骨髄)物事の本質・根本。その道の奥義。

 『明鏡国語辞典』(3版・大修館)  

  精神と骨髄の意から

 そのほか『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)には「神髄」の表記が示され、「中国語の、「神(精神・心)+髄(骨のずい)」です。その道の奥義。物事の中心。が語源です。」とされています。

 「精神」の「神」と「骨髄」の「髄」から成立した語であり、「神髄」が本来の表記だということでしょう。マスコミ各社もこうした考え方から「神髄」を採っています。

 では、「真髄」は日本語として間違っているのか?と言われるとそういうわけではありません。『日本国語大辞典第2版』には17世紀の漢文の用例として「真髄」を示しています。語源としては「神髄」ですが、「真髄」という表記も使われており、現代になってもどちらも常用漢字表に掲載があることから、間違いとはいえないと思います。

 犬丸治氏の本のタイトルは「歌舞伎の真理」というような意味合いを持たせようとして「真髄」としたのでしょうか。個人的には、本のタイトルの場合は「神髄」のほうがいいのではないかと思います。上記のような「真理」というような意味を持たせたいのであれば、「歌舞伎の心」「歌舞伎の真理」でもいいような気がするのですが、これではださいでしょうか。「藝」の字を使おうとするところ、「真髄」という表記を使おうとするところ、どうも違和感があるというのが正直な感想です。