新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、飲食店のテーブルにアクリル板が用意されていることが多くなりました。

このアクリル板の仕切りのことを言うのに「パーテーション」「パーティション」などいくつかの言い方があるようです(*1)。

どの言い方が正しいのでしょうか。また、なぜいくつもの言い方があるのでしょうか。

 

現在発行されている国語辞典には、いずれも「パーティション」で掲載されています。

一方、新聞記事では「パーティション」「パーテーション」の2とおりの語形が使われますが、「仕切り」「間仕切り」などの言いかえも使われています。

また、テレビの放送を聞いていると、どちらの言い方も聞かれます。

では、オフィスの内装や文具の分野で使われる専門語ではどうでしょうか。

ここでも、新聞や放送同様、「パーテーション」と「パーティション」が使われていますが、「仕切り」などの言い添えもされています。

NHKは2018年に用語の決定を行い、迷った場合には「パーティション」を優先させるようにしました(『放送研究と調査』2019年1月号)。

 

「パーティション」「パーテーション」の違いは何なのでしょうか。

どちらの言い方も間違いとは言えません。

英語の発音に近い語形は「パーティション」です。そこから日本語的な発音に変化したものが「パーテーション」です。

現代では、よほど慣用が定着している語以外は、原音に近い語形で取り入れることが多いため、「パーティション」とするほうが無難です。後述しますが、このことばが辞書に掲載され始めるのは2000年以降であり、使用例の古いものは1960年代です。

さほど古くから使われている外来語ではないことから、現代の国語辞典では「パーティション」が多く見られ、NHKでもこの語形が優先されたということでしょう。

なお、外来語の語形で迷うのであれば「間仕切り」(部屋を仕切る場合)や「仕切り」などの言い方のほうが伝わりやすいと思います。

 

さて、「partition」のカタカナ表記がいくつもあるのはなぜなのでしょう。

これは、原音[ti]を外来語として取り入れるのにいくつかのパターンがあるためです。

日本語の音韻には原音[ti]に当てはまる音がありません。そのためこの音を含む外国語を、日本語の音韻で[ti]に近い「チ」や「テ」で発音・表記して、外来語としてとり入れてきました(*2)。

一方、[ti]は現代の標準的な日本語にはありませんが、古い日本語では使われていた音韻であるとされます。また、高知など地域によっては現代でも使われている音韻です(*3)。こうした歴史的な音韻の流れによって、[ti]も現代日本人には容易に発音することができ、特に新しく使われるようになった外来語の場合は[ti]をより原音に近い「ティ」の発音・表記で取り入れることが多くなっています。

こうした外来語の語形の変化を「partition」([pɑːrtíʃən]]に当てはめて考えると、原音の発音に近い語形としては「パーティション」であり、この[ti]を日本の音韻に合わせた「テ」「チ」などに置き換えて取り入れたのが「パーテーション」「パーテション」あるいは、「パーチション」といった語形ということになります。

なお、もとになる言語の違いで語形が異なる場合もあります。

例えば「コーヒー」はオランダ語として取り入れられ、「コーヒー」として定着しました。しかし「partition」については、繰り返しますが、戦後になって取り入れられたことばで、英語以外の言語由来ということではなさそうです。

[ti]の発音を持つ外国語を日本語に取り入れる発音・表記が時代ごとに変化してきたようすは、坪内逍遥の『一読三嘆当世書生気質』の初版(明治時代に発行されたもの)と、昭和の初めに発行されたのちの版(『逍遥選集』に掲載された版。以下「選集版」)の掲載を調べると、その一端がわかります。例えば、「thirty(30)」は「初版」では「サルチイ」ですが、「選集版」では「サーテイ」、「twenty(20)」は「初版」では「トヱンチイ」、「選集版」では「トエンテイ」「トエンチイ」と2とおりの語形が出てきます(*4)。

外来語の表記のしかたは、1991年6月28日に内閣告示された「外来語の表記」によって決められています。この内閣告示では、外来音[ti]のカタカナ表記を次のように示しています。

 

  「ティ」「ディ」は、外来音ティ、ディに対応する仮名である。

  (例)ティーパーティー ボランティア ディーゼルエンジン ビルディング 

     アトランティックシティー(地) ノルマンディー(地) ドニゼッティ(人) ディズニー(人)

   注1 「チ」「ジ」と書く慣用のある場合は、それによる。

  (例) エチケット スチーム プラスチック スタジアム スタジオ

      ラジオ チロル(地) エジソン(人)

   注2 「テ」「デ」と書く慣用のある場合は、それによる。

  (例) ステッキ キャンデー デザイン

 

ところで、「パーティション」が国語辞典で立項されるようになったのは2000年以降であることは、前に述べたとおりです。今回、調べた範囲では、『日本国語大辞典第2版』(2000-2001・小学館)の立項が最初でした。いずれの辞書でも「パーティション」の語形が主な見出しとして掲載されています。

そのほかの語形は、例えば、『三省堂国語辞典第7版』(以下、三国)に「あやまって、パーテーション・パーテンション」とあるなど、参考として示されています。

国語辞典以外での用例を調べてみます。

『現代用語の基礎知識』では、1963年版に「パーチション」の語形で、「部屋の仕切り、分割、分配」といった意味が示されています。これが1966年版には語形が「パーティション」に変更されています。

 新聞での使用を、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞で調べると、朝日新聞での使用で1977年6月5日の「パーティション」、一方「パーテション」は毎日新聞での使用で、1994年2月23日がもっとも古い例です。「日本語歴史コーパス」(CHJ)には「パーティション」「パーテーション」などいずれの語形も出現しません。

国立国会図書館デジタルコレクションを使い「パーティション」「パーテーション」「パーチション」の語形の出現を調べたところ、「パーチション」「パーティション」は1950年の用例があり、「パーテーション」は1990年の用例が古いものでした。

このように、「パーチション」あるいは「パーティション」が最初に使われ、その後、より日本語的な語形として「パーテーション」や「パーテンション」が現れたようです。

「Stick(ステッキ、スティック)」のように、明治や大正に「チ」や「テ」で取り入れられ、その後「ティ」の語形も使われるようになったものとは異なり、「ティ」のほうが「テ」よりも早く取り入れられ、その後、慣用化して「テ」の語形が見られるようになった外来語です。

 一般的な外来語の語形変化の逆をいくものといえそうです。

 

*1:google検索(2020.7.26検索)の結果は次のような語形が使われています。

パーティション((パーテーション、パーテション、パーチション、パーテンション含まない)):

                                                   902万件

パーテーション(パーテション、パーティション、パーチション、パーテンションを含まない):

                                                  1100万件

パーテション(パーテーション、パーティション、パーチション、パーテンション含まない)

                                                 36万3000件

パーチション(パーテーション、パーティション、パーテション、パーテンション含まない):812件

パーテンション(パーテーション、パーティション、パーチション、パーテション含まない):

                                                  6万6700件

「パーテンション」は『三省堂国語辞典第7版』の説明にある語形です。この語形は、明治時代「station」の語形に「ステンション」が使われていたのと同様に、外来音に関係ない慣用的な発音ということではないかと思います。

*2:『日本外来語の研究』(楳垣実・1963)p.131の明治から戦後までの外来音の表記法の統一案の比較表では、原音[ti]のカタカナ表記の変遷が示されており、明治、大正、昭和(戦前)までは「チ」ですが、戦後になって「ティ」の表記が示されるようになっていることがわかります。

*3:『NHK国語講座第3巻』(宝文館・1957)pp.157~162参照。

*4:山下洋子(2019)「『一読三歎当世書生気質』に使われている外来語 : 「初版」と「選集版」との外来語の語形変化を中心に」 立教大学大学院日本文学論叢,19,164-146 (2019-10)

 

追記

2020.10.03

読売新聞(2020.10.01朝刊)

 座間市で9人が殺害された事件の裁判についての記事で、「パーティション」と「ついたて」「透明な板」の3つの言い方が出てきました。

 どういう使い分けなのかがわかりにくいという点でおもしろいと感じたので、追記しておきます。

 プライバシーに配慮するために、法廷で行われた措置についてA、Bのような文がありました。

 

  例文A:○○被告の公判では、法廷で公判を見守る遺族らのため、東京地裁立川支部は傍

       聴席の3分の1をパーティションで仕切る。遺族が証言台に立つ際は、傍聴席から

       見えないように周りをついたてで囲うといった措置をとる見通しだ。

 

  例文B:一方、新型コロナウイルスの感染対策として。法壇に座る裁判官と裁判員の間を透

       明な板で仕切る。

 

 同じ記事の2文ですが、「パーティション」を使う場合と「透明な板」を使う場合とがありました。意識してなのかどうかはわかりませんが、見えないようにする仕切りを「パーティション」、透明のものは、パーティションを使わないというような使い分けがされています。

 例文Aの方は、傍聴席から見えないようについたてで囲うほかに、パーティションで区切るとしていますが、このパーティションは、透明なのでしょうか?そこが気になりますし、なんのためのパーティションなのかを示すべきだと思います。

 一方、例文Bのほうは、「透明な板」であるということを言わなくてもいいのではないかと思います。