登山は人の評価など関係ない。自分で自分を充実させる行為だ。自然そのまま。良いも悪いもなく、あるのは山をどう受け止めるかという主観だけ。成功も撤退も受け止めて、『自分の山』にしてほしい。登ってこい。

 


僕がハマって読んでいる漫画「山を渡る」に出てくる山岳部の安達監督による名言。

 

「山を渡る」は大学の山岳部を舞台にした漫画で、すでに6巻まで発売されている。

 

冒頭の言葉は、登山経験ゼロで山岳部に入ってきた一年生たちを北アルプスでの長期夏合宿に送り出す時の激励の言葉。

 

ちなみにこの安達監督は小柄な女性という設定なのだが、ヒマラヤを登った経験があったり、普段は沢登りに行きまくっているなかなか豪快な先生だ。



さて、僕は今回の登山で、人の評価に関係なく、自分で自分を充実させることができただろうか。



人の評価ということで言えば、苦しかったラッセルも経験者から見れば大した話ではないのかもしれない。

 

しかし、大切なのは僕にとっての主観であり、僕が充実した時間を過ごせたかどうか。冒頭の安達監督の言葉はまさにその通りだなと思う。



その点、ラッセルで苦しんだ時間は僕にとって非常に充実したものであった。



しかし、困難はもう一つ待ち受けていた。王ヶ鼻から下山を開始した僕は、直後にラッセル以上の試練に遭遇することとなる。



王ヶ鼻から急な坂を下るところは、気をつけて下れば問題なく、特段の難しさを感じなかったが、その後すぐの分岐点に辿り着いてからのトラバースが厄介だった。

 

 

事前に地図を見て、この区間が長めのトラバースになっていることはもちろん認識していたが、難易度という点ではそんなに注目していなかった。


しかし、実際に歩いてみると、今の僕にとっては少し難易度が高めであると感じた。iPhoneに残されたこの区間の写真の少なさが、気持ちに余裕が持てない時間であったことを如実に表している。




標準コースタイムにして30分程度の区間なのだが、その間ずっとトラバースで、右側はそれなりの急斜面。夏山シーズンであれば、少し気をつけて歩こう、くらいで済むのかもしれないが、今回はそうはいかなかった。


僕にとって難しかったのが岩だ。所々、岩が露出していて、ここにアイゼンを引っ掛けてしまうとバランスを崩す可能性がある。バランスを崩して右側に落ちると、止まれる気がしない。



岩が露出しているところは、気をつければ済む話なのでまだいい。問題は、岩の上に薄めに雪が積もっていて、見た目では岩と認識できない箇所が結構あったことだ。

 

雪だと思って足を置いてみると実は思いっきり岩だったということの繰り返し。


これのせいで、一歩一歩を相当慎重に確かめながら歩く羽目となり、結果としてこの区間は標準コースタイムの倍くらいの時間をかけて歩くこととなった。



しかも、路面がそんな状況の中、木が登山道にせり出している箇所も結構あって、ザックを引っ掛けそうになったりするので、この点にも気を配る必要がある。

 

万が一、落ちてしまった時のことも考えて、トレッキングポールは収納して、念のために持ってきたピッケルを登場させる。

 

この時ほど準備の大切さを痛感したことはないかもしれない。ピッケルについては、先日の谷川岳での講習で滑落停止技術の練習をしていたところ。



あの講習があったお陰で、この時も落ち着いてピッケルに持ち替えることができた。何度か滑落停止姿勢のシミュレーションをしながら、万が一落ちても何とかなると気持ちを落ち着かせる。

 

仮に講習など受けておらず、ピッケルを使ったことがなければ、もっと焦っていたかもしれない。



下山時に出会った人は、この区間で僕を追い抜いていった女性1人だけ。

 

ピッケルを持つこともなく、普通にトレッキングポールで軽快に歩いていった感じだ。



そんなことだから、僕がこれでもかというくらいビビりつつ、ピッケルでの滑落停止姿勢のシミュレーションまでやりながら、通常の倍の時間をかけて歩いた道も、他人にとっては軽快に歩ける登山道なのかもしれない。

 

しかし、山の受け止め方はあくまで主観。今回の僕にとっての山は、ここに書いたとおり。それでいいのだ。



昔、マラソンにハマった時も似たような感覚があった。トップ選手ではない市民ランナーにとっては、マラソンは他人との戦いではなく、自分との戦い。レース内容や記録も含めてすべて主観の世界。

 

サブ3を目指すランナーにとって3時間半という記録は失敗レースかも知れないが、サブ4を目指すランナーにとって3時間台の記録は新記録かもしれない。受け止め方は自分次第。



今回のペースを改めて確認してみると、前半のラッセル区間はやはり標準コースタイムを下回るペースとなっている。


しかし、このトラバース区間の方がラッセル区間以上に時間をかけていることがよくわかる。より慎重に歩いたということだ。

 

これが今回の僕にとっての山である。歩いている時はなかなか気持ちに余裕の持てない時間だったが、歩いた後は、色んな意味で良い経験を積めたと感じる。



そうして、このトラバース区間を何とか無事にクリア。その後は、打って変わって軽快に歩くことができる下山道に胸を撫で下ろす。



途中、他の登山道と合流してからは、非常に歩きやすい道となり、最後はペースをグンと上げてのゴールとなった。



というわけで、登りのラッセル以上の試練として、今回の核心部となった長めの雪上トラバース区間。


反省点としては、登山道に関する事前のリサーチが不足していたこと、雪上のトラバースというものに対する認識が甘かったことなどが挙げられる。
 

下山後はこの日のハードな山行を象徴するようなちょっとしたトラブル。



アイゼンのバックル部分に付着した雪がガチガチに凍結してしまい、操作不能な状態に。仕方がないので、車に戻ってから水で溶かして何とか解決。


前半のラッセルで脚をかなり使ったことに加えて、後半はかなり神経を使う山歩きとなり、これまでの少ない登山経験の中で最も疲れる山行となった(一泊二日での奥穂高岳よりもはるかに疲れた。。。)が、人の評価に関係なく、自分で自分を充実させることはできたのかなと思う。