毎年、勤務先の安全大会が横浜中華街の某ホテルで開催されています

 

私の最寄り駅、武蔵小杉駅からは東横線~みなとみらい線直通で乗り換えなしで元町・中華街駅へ行けるのですが、

ここ数年はJR線で一度横浜駅で乗り換え石川町駅下車のルートを利用しています

 

運行会社がJR1本なので運賃も片道180円往復360円も安いし、中華街の景色もこちらのほうが映えあるし

 

そして今年はさらに下車してからの歩きコースを変えてみました

石川町駅をいつもは北口を降りるのですが、今回は南口から降りて川沿いを北上し、

 

 

 

「朱雀門(すざくもん)」から中華街へ入りました

こちらから入ると、私の娘の職場の前も通って見れるし(娘の勤務先は中華料理とは関係ない某電気メーカー)、以前よくお仕事をもらっていたお客さんの会社も近くにあるので様子も見たかったのです

 

土曜日だったので双方とも休みでしたが笑い泣き

 

 

娘の会社も、お客さんの会社も久しぶりにこの目で見れて、なんか灌漑深いものがありました

(最近はお仕事の付き合いもあまりなく、ご担当も多分定年?)

 

 

道中目を引く、横浜媽祖廟とかいう道教寺院ビックリマークガーン

仏教ではなく道教というところに中華街らしさがあります

 

 

中の境内?の建物も魅力的だったので入ろうと思ったのですが、拝観料みたいのが居るのかな?っと思って外から見るだけにしました

(あとで調べたら入場料みたいなのはないようです)

 

その後はまもなく安全大会の会場、某ホテル内へ

 

 

 

安全大会終了後は同会場で本格中華料理を囲って業者様と懇親会

毎回思うのですが、本格中華は少し辛すぎて私の幼稚な舌には合わず勿体ないしょんぼり汗

 

実は、横浜中華街は近くにありながらまだほとんど観光やプライベートで訪れたことはなく、いつかは家族や友人でゆっくり中華街を楽しんでみたいと思います

 

中華料理以外にも面白いお店がたくさんあります

 

 

帰りには横浜媽祖廟もきれいにライトアップして華やかに、独特の雰囲気を醸し出していましたビックリマークガーン

 

横浜中華街、仕事では色々な中華料理店舗の換気改修などの工事を段取りしていたこともあったのですが、現在は完全に事務方にまわり当時を懐かしく思いだします

 

もう20年くらいかな?

 

時が経つのはあっという間ですねおーっ!あせる

僕は、ブルース・リーになりたかったのに、

今の自分の風貌は、敵役のシー・キエン(燃えよドラゴンのラスボス・ハン役)に近いものとなってしまった...えーん

 

 

しかし、それはそれでも良いだろう...にやり

 

(シー・キエンは武術の心得もあるしブルース・リーも慕っていた一流の人物で自分も好きな俳優さんです)

 

 

これは昨日の練習の様子、やはりどこをどう見てもブルー・リーとはかけ離れているうーん

 

年齢も「燃えよドラゴン」を撮影した時のシー・キエンさんの年齢に近いものもあるし、まあそうだろうおーっ!あせる

(シー・キエンさんは撮影当時確か59歳、現在の私は58歳)

 

 

 

再入会でトレーニングを開始して昨日で7回目、当初のような筋肉痛にはならなくなりましたが、まだまだスタミナがなく、ミットやサンドバッグの3分1ラウンドだけでも精一杯ですアセアセあせる

 

マススパーリングなどの対人練習は相手があって成り立つものなので、もう少し様子をみたいと思います

 

 

 

当初なかなか上がらなかった足も、不格好ではありますが少しずつサンドバッグでハイキックが打てるようになりました

 

 

体重も70キロ前後を行ったりきたりしているので、食事にも気をつけて取り組んでいきたいと思います

 

そう言えば、昨日は久しぶりにアンカーキックボクシングジムのTシャツを着てみましたニコ

Mr.RISE(ミスター・ライズ)の裕樹選手が主催するジムのTシャツですビックリマーク

 

 

裕樹選手には直接会ったことはありませんが、私がリアルディールジムを一度辞めた時にSNSで「何歳からでも挑戦できるので、また戻ってきてください」と激励いただきました

(裕樹選手はリアルディールジムOB)

 

6年かかりましたが、週一会員ですがやっと戻ってくることができましたビックリマーク爆  笑

 

 

Tシャツなんて誰も気づかないかと思いましたが、トレーナーの窪山選手(RISE選手)は気づいてくれましたビックリマークチョキ

自身の記録用に忘れないうちに書き留めておきます
(つまらないと話だと思います)
 
高校生の頃(1984~1986、昭和59~61年度)に新聞配達をやっていて、遊郭があった町を配っていました
(佐世保市・勝富(小佐世保)遊郭)
 
遊郭と言っても時代劇に出てくるようなものでなく、明治期より昭和の半ばまで機能していた町のようです
 
当時無知な少年であった自分は旅館の跡地がたくさんあるなくらいに思っていたのですが、それを知ったのはつい10数年前のことです
 
 
佐世保市勝富町、本当は町並みの写真でも貼りたかったのですが、グーグルマップなどには著作権があって、自分が撮った写真はその隣接するものしかありませんでした
(写真は2015年ころ撮った、その勝富町の端から隣町の小佐世保町、白木町へと別れた所です)
 
趣味に没頭して連日徹夜で寝ぼけ状態で真っ暗な中で新聞を配る日も多く、ふと眠りながら歩いていたようで途中で「ビクッ」として膝から崩れ落ちそうになって目を開けると...目
 
左側目の前が「墓場」だったことがあって、鳥肌がたって恐怖にかられたことがありますガーンあせるあせるあせる
 
単純に偶然墓場の前で歩きながら寝落ちしただけの事だと思うんですけど笑い泣き
 
当時は本気で「霊のしわざか?」とも思っていたのですが、現在の自分は基本的には心霊関連には否定派で、これ以上の怖い経験もありません
 
でも怖いものや不思議な話は大好きで、YouTubeではよく怖い話をBGMかわりに聞いています
 
三木大雲さん、島田秀平さん、ナナフシギさんなどのチャンネルはよく見ています
(内容はあまり信じていません汗
 
 
最近の恐怖体験と言えば、70キロ以上あった体重が運動によって一か月で2キロ以上落ちて安堵し、大好きな甘い菓子パンを食べていたら1日で1キロ以上増えていたことでしょうか...アセアセあせる
 
また何か思い出したら記録用に書き出したいと思います
 
 
恐い話、不思議な話、忘れてるだけでまだまだ出てくると思いますドクロ
(大した話はないと思います)
 
 
追記:
ところで、10年くらい前から私と同郷の80歳の方が読者登録していただいて、facebookでも繋がってなんと佐世保の遊郭があった時代を現地で過ごされていたようです(同市、花園遊郭の近くにお住まいだった様)
 
現地の思い出をたくさん教えていただきましたが数年前にfacebookも解除され、アメブロにもお見えになっていないのですが、当時80歳であられたことを考えると厳しい現実もありえます(御存命であれば90歳超)
 
原則的にNET上で関わった方とは直接出会おうとは思わないのですが、この方とは現住所(東京都下)も近かったので会ってお話ししたかったと思いました
 
F川さん、NET上でも出会えたことに感謝しますお願い

6年ぶりにキックボクシングジムへ復帰してから一か月弱が経過しましたビックリマークボクシング

と、言っても週一会員なのでまだ4回ですがてへぺろ

 

 

復帰初日は翌日が筋肉痛どころか身体中がどエライことになっていましたガーンあせる

 

うまく説明できないんですが、疲労感と肩から腰にかけての強い凝りに加え、翌日夕方から激しい筋肉痛が始まり3日経過の頃がピークで大変でしたゲロー

 

 

週一会員なので一週間後回復してもまた同じようになって毎週これを繰り返すのかと怯えていましたが三週目以降ほとんど症状は出なくなりましたガーン

 

↑ しかし、本当に肩幅ないですねえーん汗

 

 

公園ロードワークも娘と一緒に週3程度できているので、その効果も相乗したのか、70キロあった体重も1キロちょっと減りました

見た目にはまだほとんど変化ないけど笑い泣き

 

あとは、まだ身体が刺激に慣れていないのか、練習4回目にして未だに拳が痛かったり、それほど固くないサンドバッグを蹴っても脛が毎回痛くて赤くなってます驚きあせる

 

 

練習の最後には脛に抵抗力をつけるため、↑「砂袋」を蹴るようにしています

(最後にしないと痛くて練習できなくなるので)

 

砂袋 = サンドバッグとは違い、袋の中に固いもの(たぶんレンガかブロック)と砂を入れたもので、これにひ弱な脛をガツガツ1ラウンドぶつけて脛を鍛えています

 

思えば一番最初に入門したジムの会長の脛はまるで岩のようにガチガチで、その道を極めた人は凄いんだなと関心したものでした

(残念ながら現在は縁が切れています)

 

 

ともあれ、先ずは自分のペースを崩さず継続していけたらと思います

 

↑ 見る人が見ればわかると思うのですが、フォームも難ありでクセも昔からの課題は残っているのでしっかり取り組んでいきたいと思います驚きあせるあせるあせる

 

 

 

 

2020(令和2)年8月より休載宣言し、以来スポット投稿としてたまに更新続けていますが、先々月より数回掲載出来ており、今後も少ない頻度ですがたまに更新させていただきたいと思います

 

まだ記憶があるうちに、昔の事とか記録の意味も込めて思い出しながら書き留めておきたいとも思いました

 

今回の件は、かなり前から書いておこうと思っていたのですが、私が幼少期(おそらく幼稚園か小1)の頃にトラウマになった番組のことです

 

 

昭和50年、またはもう少し前だったかもしれませんうーん

叔父(母の弟)が遊びに来てたときに、居間で昼間だったと思うのですが怖いTVドラマが流れてました

(写真は当時その日の私、6~7歳?)

 

ある男性が女性を手にかけ遺体をバラバラに切断、夜中になると切断された手首が這いずりまわり復讐に...アセアセあせる

幼い自分には刺激が強すぎ、ずっと記憶に残りかなりトラウマになっていました

 

大人になってからも番組が何だったか気になって、でもわからず数十年(50年?)が経過ビックリマークガーン

昨年ネットで調べたら、

 

恐怖劇場アンバランスという円谷プロ制作の恐怖ドラマ「墓場から呪いの手」という話であったようです

恐怖劇場アンバランス「墓場から呪いの手」

YouTubeにありました目

 

 

叔父の陰で震えて見ていましたがこの年齢で見るとそうでもないなと感じてしまいました真顔

 

 

今では叔父(右)も父(中央)も故人、私も58歳、兄は今年還暦です

母は82歳で現在は兄のところで暮らしています

 

少年時代の事もどんどん記憶が薄れ、こんな事があったという記憶のみがあり、肝心のその時の情景が思い出せないという訳のわからない事も多くなりましたえー?

 

過去に気になった記憶、消えないうちにまた書き留めたいと思いますニコニコ

 

 

ちなみに、恐怖劇場アンバランスは1969年に制作、訳ありで1973年に放映、さらにタイトルのアンバランスはウルトラQの番組名候補のひとつでもあったそうです

ウルトラQ~怪奇大作戦~恐怖劇場アンバランスといった流れも汲んでいるようです

円谷プロ好きでオタクな自分ですが知らなかったガーンあせる