11月26日(土)27日(日)の両日、日本語用論学会(PSJ)は第25回大会を開催しました。26日は研究発表を完全オンラインで、27日は基調講演とシンポジウムを京都大学の会場で行い、オンラインでも配信するハイブリッドの開催となりました。

 

20世紀の終盤に関西で産声を上げた小さな学会が四半世紀の歩みを経て今や全国区となり、国際的な学術交流の母体ともなっています。語用論にとって一大拠点だった京都大学で、元会長山梨正明先生(京都大学名誉教授)のご講演を賜った一方、シンポジウムでは「人と AI とメディアを繋ぐ語用論の新展開」と題し、21世紀に新たな展開として現れたAI時代のコミュニケーションをテーマとして語り合われました。まさに大会テーマとする「語用論研究の温故知新」にふさわしい大会となりました。大会の開催にご尽力くださった先生方、関係各位に心より感謝を申し上げます。

 

本年4月よりPSJの副会長を仰せつかっております。日本語用論学会のニューズレター48号(2022年11月1日発行)に寄稿した挨拶文を転載させていただきます。

 

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PSJと語用論の発展のために

                 山岡政紀(創価大学)

 

 本年4月より副会長の大任を拝しました。日本語用論学会PSJ発展のため、語用論の発展のために微力を尽くして参る所存ですので、よろしくお願いいたします。

 

 私は2013年に加藤重広先生からお声かけいただき、滝浦真人先生と同時期にPSJの運営委員となりました。以前に加藤先生の著書の書評を月刊誌に寄稿し、加藤先生もある機会に拙著への感想を寄せてくださり、PSJを通じての研究交流の有り難さを実感しておりましたので、ご恩返しするつもりで役員をお受けしました。

 

 その後、2016年に加藤先生が会長に就任されたのはPSJにとって転換期でもありました。1998年の学会創設以来、関西の歴代会長のもと関西を中心に運営されてきたPSJが実質的な全国展開となり、かつ、中心者の世代が一気に若返ったのでした。「お笑い第七世代」という言葉があるそうですが、加藤先生を中心とする私たちの世代はいわば「語用論第二世代」とでも言えましょうか。

 

 言語学の諸部門のなかで新参者である語用論の日本における地位を確立すべく、加藤会長はPSJの顔、語用論の顔として精力的に旗振り役を務められました。2020年に加藤会長から引き継がれた滝浦会長はPSJの財政問題にメスを入れ、評議員制度を確立し、そして学会誌『語用論研究』のあり方も改革されようとしています。PSJの学会組織の基盤構築と日本の語用論の発展とは不可分であり、その先頭に立つ滝浦会長をお支えし、構想実現の一翼を担うことは「語用論第二世代」の末席を汚す者の責務であると自覚しております。

 

 折しも『日本語学』2022年秋号(明治書院)が特集「日本語の語用論」を組みました。執筆陣はさながら「語用論第二世代」の競演となりました。それは、PSJを通して切磋琢磨してきた我々世代の研究の精華でもあり、多様な語用論観の共存と拡がりが示された未来志向の興味深い特集となりました。拙論も収めていただきましたが、8ページ以内という制限を律儀に厳守しました(笑)ので、この場を借りて少々補足させていただきます。

 

 言語学史的に見ると語用論の出現は20世紀半ばには統語論・構文論(以下、文法論)にやむなく生じる理論上の不完全部分を補完する形で既に登場しており、文法論に従属する主従関係の従の位置から出発しています。そうした語用論に自立した地位を与えることに大きく貢献したのがリーチでした(*)。彼は言語哲学の理論であったグライスの協調の原理を語用論の理論として取り込み、自らポライトネスの原理等を加えて語用論の原理群として示しました。これによって文法論と語用論とは対象を異にする別部門として対等な地位が与えられることになりました。即ち、文法論は言語の静的な構造・意味を考察対象とするのに対し、語用論は異なる主観間のコミュニケーションにおける言語の動的な機能・意味を考察対象とする別部門である、と。

 

 もっともその段階に至ってもなお文法論の側がその補完のために語用論を利用することは依然として可能ですし、それは語用論から文法論への貢献とも言えます。ひょっとして『日本語学』が私に与えたお題「日本語の文法と語用論」はそういうことが期待されていたのかもしれません。しかし、私はあくまでも自立した語用論の側から両者の対等な関係を意識しつつ執筆することを考えました。

 

 そこで掲げた副題は「モダリティから発話機能へ」。日本語の文法論において対人的モダリティ(寺村)、発話・伝達のモダリティ(仁田)等の名称で範疇化されてきた「対人志向モダリティ」は本来、語用論の考察対象であり、発話機能という語用論の枠組みで論じるべきことの妥当性・合理性を主張しました。

 

 発話機能はもともと会話分析や言語教育学で用いられていた用語ですが、語用論としては発話行為論の応用でもあります。サールの発話行為論は適切性条件のなかに準備条件を採り入れたことで、言語哲学の領域から言語学・語用論の領域に入る要因となりましたが、それを応用して語用論的条件とし、ハリデーの機能文法と組み合わせて純然たる会話理論に模様替えをしたのがここで用いている発話機能論に当たります。

 

 勝手ながら拙論の補足をさせていただきましたが、加藤先生、滝浦先生をはじめとする皆様の諸論考はまさに日本の語用論の最新の現在地図を日本語学関係者に広く示すものであり、一読者としても学ぶところが多く感謝しています。

 

 今後、PSJ自身の取り組みとして語用論のあり方をさらに活発に討議しながら、言語学界や人文科学領域全般に向けて語用論の存在をアピールし、良き研究を生み出す基盤を創り、滝浦会長と共に今この時を駆け抜けて、次に続く「語用論第三世代」へとバトンを渡していけたらと願っています。

 

*Leech, G (1983) Principles of Pragmatics. London: Longman