文字通りの東奔西走で激務の8月があっという間に過ぎました。ブログに書きたいことは山ほどありましたが、ありすぎて書けませんでした(苦笑)。ちょっと時間差になりますが、8月の備忘録を取捨選択しつつも少しは書き残したいと思います。

 

まず、8月上旬の東北大学での集中講義の続編です。学生からの感想文の中に「配慮表現はたしかに興味深いテーマだが、外国人留学生にどのように説明すれば理解が進むかが難しい」というのがありました。講義でも副詞「毛頭」形容詞「滅相もない」は日本人学生は少なくとも聞いたことがあるものの、留学生では使ったことも聞いたこともない学生が少なくありませんでした。そして、その適切な使用法を説明することは容易ではありません。授業ではやらなかったのですが、典型的な用例に使用法の説明を添えた「表現文型」を提示して、それに倣って作文させるという方法があります。

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「滅相(めっそう)もない」<表現文型>
(文型)A「君たちは私の授業がおもしろくないから、居眠りしているのですか」

B「めっそうもありません。先生の授業は大好きですが、昨晩徹夜をしてしまって。申し訳ありません」
(説明)BがAに対して悪意を持っているとAが疑いをかけたとき、それに対してBがその悪意がないことをAに伝えて安心させたいときに使います。

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非常に繊細な文脈設定ですので、ここが使用場面だと捉えられるようになるには相当な慣れも必要でしょう。そこまでして覚える必要があるのかという議論もありますが、意外に現代の日本語の小説や映画シナリオにもよく用いられているので、上級学習者にはどこかで覚えてほしい表現です。
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「滅相(めっそう)もない」<用例>

(1)(女医に好奇心を持った男たちが指を怪我したと言って治療に訪れるのに対して、受付の看護婦が答える)「診てあげられないわけでもありませんが、家は御覧のとおり女の患者さんが多いのですから大人しくしてくれなければ困りますよ」「滅相もない、血が出てるのに騒ぐわけはねえだろう。とにかく女先生に頼んでみてくれよ」(渡辺淳一『花埋み』より)

 

(2)仮面男(青蛙)「お前なぜ笑う」

 兄役「へ…!?」

 仮面男(青蛙)「笑ったな」

 兄役「めっ、めっそうもない、アアッ」

 女「へっへっへキャー」(ジブリ映画『千と千尋の神隠し』より)

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私は創価大学では「現代日本語文法」と「語用論(日本語コミュニケーション論)」の両方の授業を担当していますが、文法の方は外国人留学生の方が成績がいいのです。これは一般の方から見れば珍現象と映りますが、日本語を第二言語として意識して学習してきた彼らのほうが、日本語をいつの間にか覚えてしまった日本人よりも日本語を客観視できているから自然な現象なのです。例えば、動詞テイル形に大きく分けて継続(雨が降っている、ご飯を食べている)と結果残存(窓が開いている、メガネをかけている)の違いがあることは日本語を第二言語として学んだ学生はよく知っていますが、日本人だと意識して学ばないと気づきません。

 

ところが、語用論、特に配慮表現においては途端に留学生が苦戦します。圧倒的に日本語母語話者のほうがよくできます。つまり、それだけ語用論や配慮表現については日本語教育への導入が遅れていることを意味します。それを解消するための『日本語配慮表現辞典』を多くの仲間の研究者たちと共に構想していますので、早くそれを形にしていくことは私たちの社会的使命だと自覚しているところです。

 

最後に、東北大学の先生方に感謝を込めて。下は懇親会後の記念写真です。(ちょっと逆光です)

前列中央は齋藤倫明先生。語彙論、語構成論の大家でいらっしゃいます。以前、同時期に日本語文法学会の学会誌委員でご一緒したことがありましたが、久方ぶりにお目にかかりました。以前より少しお痩せになったようですが、お元気で何よりでした。

前列右端は小林隆先生。方言研究の第一人者でいらっしゃいます。かつて1990年代、まだ国立国語研究所に在籍されていたお若い頃に創価大学で講演をしていただきました。今回は毎日私の講義終了後にお茶を出してくださってとても気さくに歓待してくださり、感謝しています。

後列左側が甲田直美先生。筑波大学大学院の後輩に当たり、古くからのおつきあいです。今回の招聘のホスト役を務めてくださいました。現在は文章理解、談話理解を中心とした認知言語学を研究されています。

後列右側は大木一夫先生。日本語文法史がご専門です。意外にも初対面となりました。大著『文論序説』(2017年、ひつじ書房)に拙著『日本語の述語と文機能』(2000年、くろしお出版)への詳しい論評をされていたので、このたびはお目にかかれて嬉しく思いました。

前列左端が山岡です。

先生方との交流に感謝するとともに、今年度は研究室の紀要への投稿を通じて、少しでも御恩返しできたらと期しています。