今年も2週間遅れの更新となりました。

去る9月12日(日)、創価大学パイオニア吹奏楽団はコンクール都大会で金賞を受賞し、3大会連続7回目の全国大会出場を決めました。

 



コロナ禍での苦難

振り返ればこの1年半のあいだ、パイオニア吹奏楽団は苦難の連続でした。2020年3月に出演を予定していたジョイントコンサートは新型コロナウィルスの急速な感染拡大により急きょ中止となりました。2020年度4月以降もコロナの感染拡大は収まらず、大学もほとんどの授業をオンラインとするなか、一年間クラブ活動は全くできませんでした。2021年4月にはようやく練習を再開するも、徹底した感染対策のため、限られた人数と時間の制約のなかでの練習となりました。この間、2020年7月の定期演奏会、2020年夏のコンクール、そして、2021年7月の定期演奏会も中止とせざるを得ず、1年半のブランクとなってしまいました。

学生たちは時に目標を見失いかけながらも、オンラインでミーティングをしては、今自分たちにできる精一杯のことをやろうと互いに言い聞かせます。そして、ミュージック・アドバイザーの伊藤康英先生にオンラインでの講座をお願いし、ソルフェージュや楽曲解釈などの講義をしていただいたり、音楽の喜びを見つめ直す大切な時間を送りました。

そして2021年8月のコンクール都大会予選の無観客開催が発表されると、学生たちはまともな合奏もできていない状況のなかで、勇気をもって出場を決意します。そして、伊藤康英先生に指揮のお願いをします。伊藤先生は賞の結果を求めるのではなく、音楽の基本に立ち還り、新しいパイオニアサウンドを一から作っていく契機にできるのならと指揮を快諾されました。

しかし、感染対策を万全にしなければならない状況下で学生たちは多くの忍耐を強いられたようです。いくつかのアクシデントにも見舞われましたが、すべてを忍耐と団結で乗り越えてきました。

宇宙的な楽曲への挑戦

伊藤先生と学生たちが選んだ楽曲は課題曲Ⅲ「僕らのインベンション」(宮川彬良作曲)と自由曲『シャコンヌ~「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV 1004」より(1988年版)』(J.S.バッハ作曲、伊藤康英編曲)でした。

自由曲シャコンヌは名曲で知られるバッハのヴァイオリン独奏曲を、伊藤先生が吹奏楽に編曲したもので、全くコンクール向きではない演奏会向きの曲です。つまり、超絶技巧を見せつけて高得点を狙うというような意味での難曲ではないけれども、聴く人を納得させ、満足させるには演奏者に高い音楽性が要求されるという意味での難曲です。

標題音楽ではなく絶対音楽であるこの曲を通して何を表現するのか。学生たちもずいぶんと議論したようです。伊藤先生からは「宇宙的な作品」とのヒントがありました。その言葉にふさわしいスケールの大きい曲であることはたしかです。

この作品は一種の変奏曲で、一つの精神で貫かれた一つのテーマがそのときどきで姿を変えて現れます。あたかも地球が自転する速度は一定で規則的であるけれども、その自転する地球はところどころ晴れたり曇ったり時に嵐に見舞われたり多様な様相を呈するのと似ています。私はこれを勝手に "Disorder in Order"(秩序の中の無秩序)、あるいは"Diversity in Uniformity"(均一性の中の多様性)と呼びたいと思います。

一本のヴァイオリンで表現しても多様な表情が見え隠れする。それを吹奏楽のいろいろな楽器で受け渡して多様な楽器群が個性を発揮して、この曲を色彩豊かにします。でも、それは一人のヴァイオリニストが演奏するときと同じように、一つの精神で貫かれていなければなりません。それは人に置き換えるなら"Individuality in Solidality"(連帯の中の個性)と言えるでしょうか。

 

それはまさに、一人一人が個の意思を持ちながらあたかも一つの生命体として音楽を築き上げ、そしてそこに聴く人をも巻き込んで融合しようとするパイオニアの音楽にぴったりの楽曲であると思います。(勝手な解釈でよく伊藤先生に叱られるのですが(笑))

伊藤先生がまだ筑波大学吹奏楽団の指導をしていた1988年のコンクールでこの曲を演奏しています。私は当時既に筑波大学吹奏楽団を卒団していましたが、筑波大学には大学院生として在籍していたので、後輩たちが取り組んだ曲として記憶にあります。それから33年の歳月を経て創大生の生命が吹き込まれて蘇ったのです。

堂々の大会出場を果たす

私は今もパイオニア吹奏楽団の顧問陣の末席に置いていただいておりますが、夏も多忙で学生たちの練習には数回しか立ち会えませんでした。ただその分、彼らの成長曲線の加速度的な大きさを実感することができました。それでも伊藤先生は音楽を追求することに集中されていて、コンクールの賞の結果には全く関心がない様子でした。

8月15日(日)、無観客で開催された都大会予選を好成績で通過し、9月12日(日)の都大会本選を迎えます。この日は無観客ながら有料でのライブ配信が行われました。私はライブで視聴しました。大学の部が始まり、プログラム1番の創価大学パイオニア吹奏楽団が画面に現れると、もうそれだけで感激でした。困難を乗り越えてよくこのステージに立ったと。そして、課題曲と自由曲の12分間を、練習の成果を発揮して伸び伸びと演奏します。課題曲もこの曲の楽しさをクリアに表現する一体感と躍動感のある演奏でした。そして、表現の難曲である自由曲「シャコンヌ」を一本の精神で最後まで貫きました。聴く人の心に響く演奏でした。画面越しながら大きな拍手を送りました。後で聞くと、全国各地のOB達が視聴してくれていたそうです。この演奏を、いつも見守ってくれるOBにリアルタイムで聴いてもらえたことは、コロナ禍の嬉しい副産物だったと言えます。

その後、大学の部の6団体の演奏もすべて聴きました。どの団体もレベルが高く、いつもながら東京都大会の激戦を実感しました。それぞれが目指す音楽の志向性も異なっていて、評価する観点によってはどの団体も代表となり得るような接戦だったと思います。ともあれ、各大学とも困難な練習環境のなか、こうやって集い合えて競演できたことは素晴らしいことだと実感します。

そして、審査結果が連盟のサイトに発表され、3大会連続の全国大会進出が決まりました。賞を狙うことよりも聴く人の心に響くことを目指して鍛錬してきたパイオニアではありますが、それが評価されて代表権を得たことは望外の喜びでありました。それだけ彼らの目指した音楽が説得力を持ったことの証であると思います。審査員の講評では、技術面の課題を指摘されながらも、「聞き手を引き込む演奏」、「表現力に富みすばらしかったです」、「オルガンの様な厚みのあるサウンド」、「耳と心が充実しました」等々、音楽性への賛辞が多くあり、パイオニアが目指していた音楽がコンクールでも受け入れられたことに大きな喜びがありました。惜しくも代表権を逃した他大学の奏者たちの思いをも背負って全国大会に臨んでほしいと思います。まだまだ伸びしろはあるので、さらにこの音楽に磨きをかけていってもらいたいと思います。

当日の朝日新聞のサイトには次のような記事が掲載されました。
朝日新聞デジタル
創価大の前田勇希・楽団長(2年)は「例年の3分の1ほどしか練習時間が取れなかった。みんなでステージを楽しもうという思いを演奏に込められた」と話した。

後日、創価大学公式ホームページにも掲載されました。
創価大学公式ホームページ
楽団長を務める前田勇希さん(教育学部2年)は「本大会に向け、会場のお客様にどのような音楽や思いを届けたいかを模索しながら練習してきました。今回は、課題曲・自由曲ともに『コンクールで勝つ』ためではなく『音楽とは、芸術とはなんなのか』をあらためて追求できる選曲をし、本番の舞台では、一人でも多くの人を励ませるよう、どのような状況でも希望を見出し諦めなければ必ず変革を起こせるとの思いをのせた演奏ができました。全国大会にむけてさらに団結し、応援してくださる方々への感謝を胸に、パイオニアらしい励ましの音楽ができるよう練習に励んでまいります」と述べました。

 

この楽団長の談話がパイオニア吹奏楽団に受け継がれてきた創立の精神の健在を物語ってくれているようです。学生たちは大きな希望をもって10月30日(土)香川県での全国大会に向けて取り組んでいます。私たちも彼らが無事故で大会を迎えられるよう全力で支援していきたいと思います。
 


最後に、この快挙に導いてくださった伊藤康英先生、そして技術面の課題克服を支えたバンドトレーナー柏木正信先生、各楽器のトレーナーの先生方、楽団を陰から支える顧問足立広美先生、副顧問諸氏、大学の学生課の皆様、OB会である創大金吹会の皆様、パイオニア吹奏楽団を応援してくださるすべて皆様に心からの感謝を申し上げます。そして、困難を乗り越えて創価の音楽を表現しきった学生たちに感謝と敬意を表したいと思います。全国大会の演奏も配信されるようです。応援してくださる皆様に御恩返しができるよう、無事故でその日を迎え、心を込めて演奏できることを念願しています。

 

〔参考〕Bach 's Chaconne for Solo Violin / Itzhak Perlman

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追記:

2021年10月30日(土)全日本吹奏楽コンクール(香川県)に創価大学パイオニア吹奏楽団は無事に出場を果たし、銀賞を受賞しました。

無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004より...