本日の「言語学入門」では「世界の言語地図」と題して、世界中の言語の多様性についてお話ししました。世界の主要言語を語族・語派に分類していく基本的な考え方を紹介しました。

特に、言語の多様性の縮図として、インドの公用語22言語にフォーカスを当ててみました。インド共和国の連邦公用語はヒンディー語と英語ですが、インドを構成する各州にはそれぞれ州独自の公用語があり、そのすべてをインド共和国の公用語としているため、22言語もの公用語が制定されたのです。これは、インドが地域の多様性を認める国家であることを示しています。

 

 

22の言語を見ていくと、ヒンディー語やベンガル語など、話者人口の多い北インドの諸言語が英独仏などの欧州の言語と起源を同じくするインド・ヨーロッパ語族に属するのに対し、タミール語やテルグ語など、南インドの諸言語はドラヴィダ語族という全く構造の異なる言語となります。ヒンディー語から見て地理的に遠く離れた英語は同じ祖先を持つ遠い親戚に当たるのに、同じインドのタミール語は全くの赤の他人なわけです。

さらにバングラデシュとミャンマーにはさまれた北東インドのマニプリ語やミゾ語は、ミャンマーのビルマ語と同じくシナ・チベット語族に属します。この地域の人々は日本人とよく似て色白です。このように、インドの公用語22言語は、大きく3つの語族に分かれることになります。

この話の流れのなかで、興味深いYouTube動画を紹介しました。この動画です。

Can Americans Identify These Indian Languages?


アメリカのオンラインサイトBuzzFeedが提供する動画。インドにルーツを持つアメリカ在住の女性たち5人が言葉に関するクイズを行います。クイズの解答者はインド系2世のスワスティとジェニー。ジェニーの母はフィリピン人でイロンゴ語とタガログ語を話し、父はインド人でグジャラート語とヒンディー語を話すそうです。スワスティは両親ともインド中部の出身で家庭内では今でもヒンディー語で会話しているそうです。

そこへクイズの発問者が3人やってきます。3人ともインドまたはバングラデシュで生まれ、幼少期に親と共にアメリカに移住してきたようで、インドの言語を母語とする人たちです。それぞれが自分の母語であるインドの言語を話すのですが、それが何語であるのかを当てるというクイズです。発問者の顔が見えると言語を類推できる場合があるので、顔が見えないように解答者二人は目隠しをします。そして、発問者はインドの言語で二人に話しかけます。画面には英語で字幕が出ます。

一人目のスマナはインド南東部地域のテルグ語(Telugu)で話します。ヒンディー語とは赤の他人のドラヴィダ語族の言語です。二人は根拠なく「ベンガル語?」と答えて不正解。でも、スワスティにはカンナダ語を話す友人がいたようで、「カンナダ語と音が似ていた」と。たしかにその通りで、スマナは南インドの「カンナダ語、テルグ語、タミール語、マラヤ―ラム語」の4言語は似ていると答えます。これらはすべてドラヴィダ語族の言語です。ちなみにタミール語はインドの隣国スリランカの公用語でもあります。

二人目のネハはヒンディー語(Hindi)で話します。ヒンディー語の父とベンガル語の母との間で育ったとのこと。スワスティはすぐにヒンディー語とわかり、ヒンディー語で応答します。ジェニーもスワスティが答えたということはヒンディー語だと判断し、二人で声を揃えて正解。

 

三人目のアラビはベンガル語(Bengali)で話します。アラビはバングラデシュの首都ダッカで生まれて幼少期に両親と共にロサンゼルスに移ったとのこと。バングラデシュはかつてインドの東ベンガル州だった地域で、公用語はベンガル語です。隣の西ベンガル州はそのままインドに残りましたが、公用語のベンガル語は国境を隔てて共有しています。バングラデシュも大都市コルカタを州都とする西ベンガル州も人口密度の高さでは世界のトップクラスです。ジェニーはアラビが話す言葉が全くわからないと言いますが、スワスティがベンガル語と答えて正解。その後、ヒンディー語とベンガル語が似ていると話題に。どちらもインド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派に属し、古典語であるサンスクリット語の子孫に当たる親戚の言語です。

この動画を通して、テルグ語、ヒンディー語、ベンガル語のそれぞれの音の響きを体感することができます。

インドにおいて外来の言語で唯一公用語となっているのが英語です。インドが英国の植民地だった時代の名残でもありますが、スペイン帝国の植民地だった中南米諸国が徹底したスペイン語教育で先住民の言語を亡失してしまったのと違って、現地の言語を維持しながら、第二言語として学校教育のなかで英語を習得しているのは特筆すべきことだと思います。その結果、多くのインド国民が現地の言語を第一言語(母語)、英語を第二言語とするバイリンガルとなっています。英語は母語を異にするインド人どうしが会話する時の共通語の役割も担っています。ただし、インドは貧富の格差の大きい階層社会でもあり、十分な教育が受けられない人たちは英語ができないという現実もあることを付け加えておきます。

 

インド人の英語能力の高さは今日の国際化社会の中にあって大きなアドバンテージです。インドの大企業の大半は社内公用語として英語を用いています。英語ができないといい会社には入れないのです。また、多くの大学が英語で教育を行っています。私が滞在したデリー大学セントスティーブンス校も学内言語は完全に英語です。

 

そして、インドのさらに優秀な学生はどんどん英米の一流大学に留学しているのも英語の壁がないからでしょう。この動画に登場していた女性たちの家族がアメリカに移住してきた背景にも英語の力があったことだろうと思います。彼女たちが流暢な英語とともに母語であるインドの言語を堂々と話す表情からは、自身のルーツに対する誇りのようなものが感じられて清々しさを覚えます。