私が顧問を担当するクラブの学生たちは、非常に礼儀正しく、メールの文面でもしっかりと敬語を使おうという意識が感じられます。

 

ただ、たまに耳慣れない、おもしろいフレーズが出て参ります。その一つが「把握のほどお願いいたします」です。例えば、こんなふうに使います。

 

(1) 今度の金曜日に〇〇の件で部内ミーティングを行うことになりました。把握のほどお願いいたします。

 

何がおもしろいかというと、「把握」という堅い言葉を使いながら、実際にはあまり意味がない、特に何もしなくてよいという点です。伝えたい情報は第一文(ミーティングのこと)にありますが、「それについて何もしなくていい。とにかく知っておいてくれればいい」ということを、念のため添えているわけです。

 

ほとんど無意味なおまけのような文ですが、意外と大事なフレーズかもしれません。例えば、汎用的な語句である「よろしく」を使って(2)のように言うと、言われたほうは「そのミーティングに出てほしいのかな?」、「何をしてあげればいいんだろう?」と考えてしまいます。

 

(2) 今度の金曜日に〇〇の件で部内ミーティングを行うことになりました。よろしくお願いいたします。

 

そう考えると、「把握のほど」は無意味なようで「何もしなくていい」という大事なことを伝えるフレーズということになります。ある種の配慮表現と言えるかもしれません。

 

ではなぜ私が違和感を覚えるかというと、「ご承知おきください」というほぼ同機能の便利な表現があって、それを使えばいいのにと思うからです。

 

(3) 今度の金曜日に〇〇の件で部内ミーティングを行うことになりました。ご承知おきください。

 

こちらのほうが言いやすいし、耳にもなじんでいます。「把握」は「お把握」とも「ご把握」とも言いづらいという欠点もあります。「ご承知」なら違和感なく使えます。ただ、ひょっとすると若い人のあいだでは「~ください」という命令形を用いること自体に抵抗を感じる向きがあるのかもしれません。一長一短ですね。聞いたことはありませんが、「ご承知のほどお願いいたします」が実はベストかもしれません。このブログを読んだ方が流行らせてくれませんか(笑)

 

現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)で「~のほどお願いします」のフレーズを検索しました。漢字の「程」、読点「、」の有無、謙譲語「いたします」の使用などのバリエーションもすべて含めて検索した結果、43例。「~」に入る名詞は以下の通りでした。数字は用例数です。「把握」はゼロでした。

 

アドバイス 2
我慢 1
ご回答 2
ご寛恕 1

ご寛容 1
ご検収 1
ご教授 1
ご協力 1
ご交誼 2
ご査収 1
差配 1

ご支援 4

ご指導 2
ご助言 1
ご審議 7
お付き合い 1
ご配慮 1
お引き立て 3

ご鞭撻 2
お見知りおき 1
お目通し 1
ご容赦 1
ご理解 2

ご了承 3
 

これらに共通しているのは、どれを用いても相手にあまり負担のない軽い依頼表現である点です。挨拶のように儀礼的に使われるものがほとんどです。「ご審議のほど」にしても、7例とも「国会会議録」の用例で、これからそれを審議するというお決まりの状況での発言ですから、これも儀礼的なフレーズと言えるでしょう。その意味では、「把握のほど~」がこのフレーズ群の仲間入りをしてもたしかに不思議ではないですね。

 

なお、ここで使われる「ほど(程)」も特に意味はなく、ほとんど形式名詞のようなもので、「事柄」ぐらいの意味です。これらの表現が慣習化するプロセスで、語調を整える働きを担ったものです。

 

この「把握のほどお願いいたします」のフレーズの使用者は今のところ、そのクラブの学生しか知らないのですが、創大生が全体的に使うフレーズなのか、はたまた若者ことばとして浸透しているのか、学生に訊いて調査してみたいところです。