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汝は社労士なりや

~日野社労士の気のままなブログ~

みなさんこんにちは。

延岡社労士@日野幸春(ひのゆきはる)です。


今日は台風が迫る中、どうしても日程を変更できない仕事があったため

宮崎市内(労働局)に向けて車を走らせておりました。


結果として台風の直撃は無かったため、事故などといった被害は無かったのですが、対向車とすれ違うたびに水しぶきがフロントガラスを叩き、非常に怖い思いをしてきました。^^;



さて、

そんな苦労をして労働局へ。


到着して約束の時刻まで未だ時間があったのでロビーでコーヒーを飲んでいると…

「あら、日野さんじゃないですか?」

と以前お世話になった方から声をかけられました。


その方とは半年以上お会いしていなかったのですが、大変お世話になった方なのでありました。


最近の仕事の話なんかを立ち話してその方とは別れいざ労働局本部へ!


と思いきや行く先行く先でここ1年で知り合った方と会う遭う逢う。


短時間のうちに3人の方と「おや、日野さん!」とお会いする事が出来ました^^



そうそう、帰ってきてから思うのは、、今日お会いした方は1年前には全く面識のなかった方々ばかり…。


改めて人と会うことの大切さ、会う場所に出向くことの大切さを痛感したのでありました。


(いえ、単に会う場所に出向いて「わぁーい、楽しいねぇ~^^」ではあまり生産性がないので「会う」だけでは意味がないのですがね…^^;)



いずれにしてもこの短期間で本当にいろんな方とお知り合いになれたということに感謝感謝するばかりなのであります。



そういやもう1点。


宮崎での仕事を無事に終わらせ、1件だけとある会社様に顔を出しに行こうと思って「ふら~」っと立ち寄ったら…。


社長「いまちょうど外に出るところだったんですよ!(会えて)丁度良かった。」

とこれまた奇遇な一言を。



これまた思いました。

私、最近、奇遇ってことが多いのですが、実はこれって奇遇であって奇遇じゃないのかも.。o○


会うべくして会っている。

会う努力を日々積み重ねて奇遇ならぬ“必然”として“会いたいときに会えている”んじゃないかと…。。



あ~オカルトとか神秘的な世界とかそういう話をしようとしているんじゃありません。

そんな世界に興味は無いですし、そもそもそういうの苦手です。


でもなんと言いますか、言葉ではうまく表せない、そういった必然が最近やけに私の身の回りに起こり、そしてその全てがすべて有難い必然なのであります。



今日もうまく言い表せないままブログを書き終えようとしているのでありました…苦笑




本日もここまでお読み頂きまして有難うございました。m(_ _)m







みなさんこんにちは。

延岡社労士@日野幸春(ひのゆきはる)です。


昨日に引き続き、本日も宮崎市内へ仕事で行っておりました。


仕事と言いましても社労士の理事会がありまして、それに参加しに行ってきたのでありました。


まあ、その定例会に集う方々は私を除いては皆様大ベテランの大先生ばかりなのでありまして、毎回非常に肩身の狭い思いをしている訳でありました。


そんな定例会に参加していてふと思うことが。。


士業と言いつつもやはり社労士会という組織の一員であり、それに属しているのであります。


組織が運営されるということは何かしら、会社でもよくあるように何かしら意見の相違やトラブルが生じる訳でありまして、、、大小問わず何かと納得しづらい事案も生ずるわけなのであります。


組織においてトラブルが起こることはある意味当たり前でそれについては何も問題が無いと思っていまして、そんなことよりも重要なのはそのトラブルの解決方法なのでありました。


結論から言うとですね…。

士業の偉いさん方が集まってトラブルが起こると、非常にやっかい。^^;

そして解決のスキルと言いますか、解決調整力が以上に低い…と感じざるを得ないのでありました。


まあ細かい事をここに書くと私は明日、この世に居ないかもしれないので多言は避けますが(爆)


通常、会社などにおいてもですね、トラブルや意見の相違の収束の仕方ってのはある程度うまくやれるものです。


んが、士業はそうはいかないのか?

「先生、先生」と呼ばれ続けるとそういう調整力が下がってしまうのか??^^;


そんなくらいなら先生なんて呼ばれたくないなぁ~っとふと感じた1日なのでありました。



本日はなんともまとまりのない文章ですみません。

後ろのテレビでマイケル・サンデルが面白そうな話をしているのでブログを書く手も滞りがちです(苦笑)



それでは、本日もここまでお読み頂き、誠にありがとうございましたm(_ _)m


みなさんこんばんは。

延岡社労士@日野幸春(ひのゆきはる)です。


本日は夕刻、久し振りに社労士受験講座に顔を出してまいりました。


今年の社労士試験は8月といよいよの時期を迎えていますが受験生のみなさんも引き締まった顔で講義を受講されておりました。


そうそう、わたくし、今年は社労士受験講座の講師をしていたんですよ。


全ての科目(法律)について講師をしていたわけではなく、分業的な感じで他の社労士先生と一緒に講座をさせていただいてたわけですが、今日は久しぶりに自分の担当外の科目を傾聴しておりました。


教室の隅っこに座って傾聴する限りで感じたことは、、、、

「受験生のモチベーションの変化」でした。。


良い事か悪い事か、受験講座で講師が変わるということはそれなりに受験生のモチベーションにも影響があるわけで…。


当然良い方向にしか変化しないと思いたい訳ですが、これが如何せん…(>_<)


今年、合格有望だろうと思っていた方から

「いまの講義を受けていて今年はもう諦めました。講師が「ここは分からん。」とか言うんですもん。」


なんて話を聞くとガックリorz来てしまうのでした…。


最高の講義をして、結果、受験生が勝手に諦めてしまうのは、もうこれはどーしようもない話と割り切れるのですが、、講師が「ここは分からん。」程度の講義を行っていては、それはお金をもらって講義をしている側としてどうなのかなと感じざるを得ないのでありました。



受験生はある程度のお金と、そして貴重な人生のうちの多分な時間を費やして受験というものに臨んでいます。


「講義を受ける際には既にテキストを幾度も幾度も予習してきて当たり前」という話はさて置き。


講義それだけを考えた場合にはそういった前提や“あるべき”理論を口に出すというのは、お金を頂いている者として怠慢ではないかと感じるのであります。



「予習してきて当たり前」という話と「講義の内容がその費用に対して妥当な内容なのか」という話は全くもって、そう全くもって別の話なのであります。


合格したいなら既にテキストを相当読み込んでおかないと…という論法も論外。


そんな論法は講義を行う上で何の関係もありません。


頂いた費用に対してそれ相応の講義内容を提供出来ているのか?


個人的にはそこを大事に考えたいのでありました。



私もあと1コマだけ講師をさせていただく機会があります。

私が受講料を払っている立場だったら…?

その気持ちを忘れずに今後訪れる講師の時間に備えたいと考えるのでありました。



本日もここまでお読み頂き、誠に有難うございましたm(_ _)m