サンフレッチェのピエロス選手のインスタに、
マツダスタジアムで観戦中の、
動画と写真が載っている。
観戦仲間は野津田岳人、荒木隼人、
それからマルコス・ジュニオール選手。
みんな自分の背番号とおなじ、
カープの選手のユニフォームを着ている。
ピエロス選手は栗林良吏投手のビジター用。
何だか面白い。
それにしても、
昨日午後、新潟で試合があって、
夜、広島に帰ってきて(福岡空港経由?)、
今日午後、野球観戦とは、
みんな元気。
ところで野津田選手は広島出身。
なのでカープの試合を観に行くのはわかる。
しかし荒木選手は大阪出身。
今日の相手はDeNA。
楽しめたのだろうか。
ピエロス選手はキプロス人。
マルコス選手はブラジル人。
こちらの2人も楽しめたのだろうか。
『散歩哲学』の次に何を読もうか、
と思いつつ書棚を眺めていると、
未読の2冊の本にアンテナが反応した。
『伊東静雄 近代日本詩人選18』(杉本秀太郎/筑摩書房/1985)
『リルケ 人と思想161』(星野慎一+小磯仁/清水書院/2001)
伊東静雄もリルケも、
僕は高校生のときに読んでいる。
文学に目覚めた最初の段階で知った人たち。
いまでは考えられないことだけど、
僕はその頃、長い作品が読めなかった。
文章が次から次へと続いていくと、
意味を読み取ろうとする気持ちが切れてしまい、
立ち往生してしまうのだ。
もう、ほんと、頭が悪いとしか言いようがないけど、
どうにもならないので、
俳句、短歌、詩ばかり読んでいた。
伊東静雄について1つ覚えていること。
「太陽は美しく輝き」で始まる、
「わがひとに与ふる哀歌」という代表作がある。
クラスメイトとその詩の話をしたとき、
早熟で、仰ぎ見るような存在だったそのクラスメイトは、
「自分が書きたかった詩を先に書かれた」
という意味のことを言った。
そのときの彼の真剣な口ぶりを忘れない。
ちなみに彼はわが高校の、
学園紛争の中心メンバーだった。
いちおう高校は卒業したけど、
大学受験を拒否して、
けっきょく大学には行かなかった。
リルケに関しては、当時文庫本だった、
『美しき人生のためにーリルケの言葉ー』
(秋山英夫訳/社会思想社)
をずっと持ち歩いていた。
大好きな本だったけど今は手もとにない。
たぶん離婚するとき、
自分用のダンボールに入れ忘れたような気がする。
その後、単行本として再刊されたもの(1984)を、
買い直したけど、
大判になった分、間が抜けた印象で、
まったく愛着を感じない。
その本も書棚から取り出してひらいてみた。
今日、目に留まった言葉を引用する。
〈たえず仕事をしなければいけない〉
師ロダンが弟子リルケにいつも言っていた言葉。
僕はその言葉をずっと軽視していたけど、
ブログを書くようになって、
痛いほどわかるようになった。
もちろん無報酬のブログは〈仕事〉ではないけど、
結局はたえず表現するしかないのだ。
それはそれとして、僕の文学的原点は、
上に書いたように詩、短歌、俳句。
なかでも詩。
原点にすべてがあるわけだから、
僕のすべては詩の世界にあるはず。
今日、その2冊の本に、
アンテナが反応したということは、
人生、残り少ないのだから、
ぼちぼち原点回帰しなさい、
おまえには詩しかないじゃないか、
その詩がよくわかってないのだから、
もう1度勉強しなさい、
と「わが内なる上位者」に、
言われているのかも、という気がした。
というより言われていると直感した。
直感には従うしかない!