東京理科大名誉教授の硤合憲三さん(1950〜)が、

ノーベル化学賞を受賞した。

 

広島のテレビ局のニュース速報を観ると、

広島出身とのこと。

 

もしかして僕とおなじ高校?

 

調べてみると違っていた。

硤合さんは広島大学附属高校。

 

となると僕より1つ上の学年なので、

カープの松田元(はじめ)オーナーと、

同級生ということになる。

意外なつながり。

 

広大附属の学校は、

高校だけでなく中学校も小学校もある。

硤合さんがどの学校から、

通(かよ)ったのかわからないけど、

僕が中学受験をしたときは、

附属中学は最難関校だった。

 

当時、中学受験をした、

広島市周辺の男子小学生たちは、

国立の「附属」と、

ともに私立の広島学院中学と、

わが母校・修道中学を目指した。

 

僕も3つの中学に願書を提出した。

最初に入試があったのは「修道」。

合格が決まったあとに「学院」の入試があった。

 

僕は「学院」も受けるつもりだったけど、

母親の意向で止めることになった。

僕は中学受験は自分で望んだわけではなく、

親の言うとおりにしていただけなので、

「学院」に入れなくなっても、

何も不満はなかった。

 

というか「学院」だけが、

校則で坊主頭と決められていたので、

坊主になりたくなかった僕は、

むしろ嬉しく思った。

 

最後に「附属」の入試があった。

不合格だった。

自分ではイケると思ったけど、

思い違いだった。

 

「附属」だけは共学。

僕の小学校からは、

女の子ひとりだけが受かった。

 

おなじクラスになったことがないので、

その子がどのくらい、

勉強ができたかわからないけど、

同級生400人の中で、

いちばんできたのは確かだろう。

 

その子がその後どうなったか知らない。

当時、広大附属高校は、

東大に毎年30人くらい受かっていた。

真面目そうな子だったので、

一所懸命勉強して、

東大生になったのかも知れない。

 

硤合さんは安芸郡府中町の出身とのこと。

府中町は車の「マツダ」の城下町。

広島市に隣接しているけど、

マツダのおかげで潤い続けているので、

広島市と合併しようとしない。

 

吉川晃司さん(1965〜)、

竹原慎二さん(1972〜)の故郷でもある。

 

 

中山千夏さん(1948〜)が、

伊豆新聞に連載の9/23のエッセイで、

『以下余白』

  (小山修一/文化企画アオサギ/2026)

という詩集を紹介している。

 

千夏さんは小山修一さんに、

親しみを感じているようだ。

 

年齢が近く(小山さんは1951年生まれ)、

住まいがおなじ伊豆、

ということに加え、

〈都会についての反感〉

〈動植物への親愛〉

〈老化についての戸惑いと覚悟の記述〉

に共感を覚えている様子。

 

「小山修一」を検索してみると、

杉野のぶえ(紳江)さんという、

やはり詩を書く女性が、

自身のブログ「のんちゃんの杉野書店日記」で、

『以下余白』に収録の詩を5篇引用している。

 

軽いタッチで、

味わい深い表現をする人だ。

辻征夫さん(1939〜2000)を思い出した。

好感を持つ。

 

そちらから表題作を、

孫引きしようと思ったけど、

アメブロの規定に違反するようだ。

 

 

以下余白。