昨日、堀江貴文さんの、

 

『刑務所なう。』(文藝春秋/2012)

『刑務所なう。シーズン2』(同/2013)

『刑務所わず。』(同/2014)

 

を書棚から取り出したので、

片付ける前にザッと目をとおしてみた。

 

ちなみにこの3冊は、

いずれも発売とほぼ同時に読んでいる。

 

つまり、それほど面白かったわけだけど、

上の2冊がともに500ページ超、

下は約250ページ。

 

下が半分なのは、

堀江さんが模範囚だったために、

刑期満了日の7ヶ月半前に、

仮釈放されたからだけど、

満了日まで居てくれないから、

薄っぺらくなってしまった、

いい加減にしてほしい、

と当時、大真面目に思った記憶がある。

 

 

今日、目に留まったのは『・・・わず。』の、

〈刑務所にいる人たちの多くは、別に極悪非道でも

 奇人変人でもなくて、普通の人たちだった〉

という話。

 

〈もちろん変な人もいたけれど、凶悪犯というより、

 心の中にトラウマを抱えていたり、家庭環境が

 良くなくて親にネグレクトされたり、社会に対して

 ルサンチマンを抱いていたりする人が多い。

 でも、話してみると、本当に普通の、どこにでも

 いるような面々だ〉

 

だから、

 

〈世の中にいる普通の人たちも、何かのきっかけで

 犯罪者になってしまうことは十分にあり得る〉

 

ま、これは、当たりまえの話だけど、

ここまで70年以上、

犯罪者にならなかった僕だって、

人生最後に塀の向こうに行ってしまう可能性は、

十分にあると認識している。

 

もちろん塀のこちらのほうが良いし、

今はもうほとんど誰とも会わない生活なので、

十分にある、と言うと、

言いすぎかも知れないけど、

それでも何も仕出かさないとは言いきれない。

それが人間という生き物のはずだ。

 

こないだ有名な芸人が、

当て逃げ事故を起こしたとき、

あの人は良い人だから卑怯なことはしない、

といった理屈で弁護する、

芸人仲間が何人も現れたけど、

その人たちには、

とりあえず堀江さんのその本でも読め、

と言いたい。

 

悪い人じゃないと悪いことをしないなんて、

あまりにバカすぎる。

 

 

堀江さんは続けて、

 

〈死刑でもない限りは、必ず社会に戻ってくる。

 皆さんの隣の部屋に住んでいることは十分にあり得る。/

 だから、なるべくなら偏見の目をもたないことで、

 彼らの更生を支援してやってほしい〉

 

と記している。

〈なるべくなら〉ではなく、

「絶対に」だと思うけど、

とにかく罪人であろうがあるまいが、

おなじ多面性をもった人間。

できる範囲で支援するのは当然のことだ。

 

 

フェニックスリーグが終わった。

今年はこれといった収穫がない。

 

しいて挙げれば、

ルーキーの長距離砲、内田湘大選手に、

ようやくプロ初本塁打が出たことだろうか。

 

残念だったのは、

週刊誌に女性問題をスクープされた、

中村奨成選手が途中でメンバーから外されたこと。

 

来週からの秋季キャンプのテーマは、

若手の底上げ、だそうだけど、

いま現在、若手野手の場合、

坂倉・小園両選手以外、全滅状態。

 

ドラフトでも即戦力野手は指名してないし、

ほんとに底上げを急がないと、

正真正銘の老人集団になる。