去年3月に胃癌と診断された。
その直前に、房総半島最南端、野島崎に行った。
もう胃の具合が、明らかにおかしかった。
この先どうなるか分からないので、
見たい風景をひとつだけ見ておこうと思った。
野島崎は1度訪れたことがあった。
調べてみると、2002年の秋だから、
17年ぶりの再訪ということになる。
再訪の深い理由はなかった。
いろいろと考えていたら、海が見たくなって、
どうせなら南の果てに行ってみよう、ということになった。
初回は好天だったが、
2回目は曇天で、しかも肌寒かった。
海べりに行く前に、食堂で昼食を摂った。
客はいなかった。
時節柄、無理もない。
刺身定食を注文すると、煮魚を一皿サービスしてくれた。
体調が良ければ、感謝感激もいいところだが、
味覚があやしくなってきていたので、
申し訳なく思った。
朝日も夕日も見れる岬の前には、
17年前と変わらず、穏やかな海が広がっていた。
自分の心も穏やかだった。
運命のままに生きればいいし、
死ねばいい、とあらためて思った。
房総半島の南端には、西側にもうひとつ岬がある。
洲崎に行ったのは、今世紀最初の大晦日だった。
1年の終わりの日没が見たいと思って、
1度行ってみたかった洲崎に向けて車を走らせた。
天気が良く、快適なドライブだった。
しかし、房総半島の大きさが理解できてなかった。
午後になって、四街道を最寄駅とする自宅を出たのだが、
時間は着々と過ぎていくのに、
目的地はいっこうに近づかない。
館山市内に入ったときは、4時を回っていた。
しかも市内は渋滞している。
その時点であきらめた。
しかし、ほどなく車は流れだし、
そのあとは、あれよあれよという間に、洲崎に到着した。
ギリギリで間に合った。
岬の先端の岩場に下りると、夕日はまだ西空にあった。
左手に伊豆大島が浮かび、
右に伊豆半島が身を横たえていた。
21世紀最初の年の最後の夕日は、
二つの鼠色のシルエットの間の、
短い水平線の向こうに消えていった。
いいものを見たと思った。
薄暗くなるまで余韻にひたって、駐車場に戻った。
すると管理人のおじさんが、
こんなに素晴らしい大晦日の日没は滅多にない、
見届けたあなたには、来年きっといいことがある、と言った。
かるく聞き流したが、信じてみようか、とも思った。
しかし、そう簡単に幸運はやってこない。
結局、おじさんの予言ははずれた。