笠智衆さんのロケに遭遇した頃、
おなじ鎌倉で、別のロケを見た。
立原正秋原作の『恋人たち』というTVドラマ。
出演者は、根津甚八、桑名正博、いしだあゆみ、田中裕子、大竹しのぶ、
という豪華メンバー。
住んでいた鎌倉が舞台だったし、
毎週、オンエアの時間が待ち遠しかった。
そのロケを職場に近い八幡宮でやっているというので、
仕事を放り出して駆けつけた。
大勢の人だかりの中、根津・桑名の両名が、
段葛から八幡宮に向かって並んで歩いてくる。
2人ともテレビで観るままの男前で、絵になる役者だなと思った。
そして、桑名のほうが背が高く、その分だけカッコよくて、
やはり背の高さは重要なんだな、とも思った。
2人が自分の方へ近づいてきたとき、
近くにいた、よそ行きの服に身を包んだおばさんが、
冗談じゃなくて、たぶん本気の感想を口にした。
やっぱりカッコいいわね、水谷豊って。
みんなロケに集中していたのか、
周囲の人たちから何の反応もなかった。
数年後、たまプラーザ駅の近くに住んでいた或る朝、
否応なしにロケに遭遇した。
いつものように朝寝坊していると、
アパートのまわりがヤケにうるさい。
で、窓を開けてみると、数メートル先に、
普段、街ではまず見かけることのない、綺麗な女性が佇んでいる。
よく見ると、山口果林さんだった。
『私鉄沿線97分署』のロケだとすぐにわかった。
97分署の仮庁舎という設定のプレハブが、
たまプラーザ駅の南口の広い空き地の一角に建っていて、
周辺でよくロケが行われていた。
そして、果林さんはその番組のレギュラーだった。
発売されて間もない、初代ホンダ・トゥデイに乗った、
おなじくレギュラーの古尾谷雅人さんを見かけたこともある。
山口果林さんといえば、長く恋愛関係にあった、
大文豪・安部公房との秘話が綴られた、
『安部公房とわたし』(講談社2013年刊)が面白かった。
2人は結婚できなかったけど、
楽しい時間をたくさん持つことができただろうし、
不倫関係にあるほうが、
2人で密かに楽しいことをしているという、
特別な快感もあったはずだし、
それはそれでよかったのだと思う。
安部公房氏といえば、上京して間もない頃、
渋谷の公園通りで遭遇したことがある。
大文豪はスポーツカーを運転していて、
信号待ちで停まったとき、
歩道から見つめていた自分と目が合った。
文豪のまなざしは優しく、
東京に来ると、こんないいことがあるのか、と思った。
すべて、遠い遠い日の出来事。
とはいえ、ここに登場した女性は皆、いまも健在だ。
反対に、笠智衆さんはもとより、
根津甚八、桑名正博、古尾谷雅人、安部公房の男性陣は、
すでに全員が鬼籍に入ってしまっている。
しかも、桑名・古尾谷の両氏は自分より年下。
自分がまだこの世にあることが、
不思議に思える。