今日、気になったニュース。

 

小泉今日子さんが、

5月までのツアーを終えると、

これから何をするかを考えるために、

しばらく旅人になること。

 

彼女のことは、

とくにファンというわけではないので、

その動向を追いかけてはいない。

しかし偉い人だなとずっと思っている。

 

彼女は1966/2/4生まれ。

60歳だなんて信じられないけど、

還暦という区切りの年でもあるし、

60代になると徐々に老人の域に踏み込んでいく。

ひと休みして心の整理をするには、

ちょうどいい時期だろう。

 

ま、何にしても旅をしないと話にならない。

作家の中には稲垣足穂や高橋源一郎さんのような、

優れた書斎派もいるけど、

作家に限らず人は皆、

可能なかぎり異国の土を踏んだほうがいい。

 

海外体験のロクにない僕が言うのも変だけど、

そんな僕にしても、

たとえばニューヨークに行ったとき、

ソーホーからセントラルパークまで、

雪の積もった5番街を1人で歩いたことがある。

その1時間ほどの体験からも、

貴重な収穫を得ている。

 

僕が存命中の作家で最も崇拝するのは、

池澤夏樹さんと藤原新也さんだけど、

その2人は旅の達人。

達人の視線がしばしば僕の心を射抜く。

 

池澤さんは帯広。

藤原さんは門司。

2人とも生まれが「辺境」の地というのも、

表現者としてひとつの武器になっている。

 

加えて池澤さんは両親が離婚。

藤原さんは実家の旅館が倒産。

2人とも子供の頃に辛い体験をしている。

それもまたおなじことが言える。

 

池澤さんのことで感心したことが、

今ひとつ思い浮かぶ。

それは3年住んだギリシアから、

日本に帰国するときに、

アフリカを経由したこと。

 

アフリカでの目的は、

船に乗ってナイル川の源まで行くこと。

治安の問題があり、

あと少しで目的は果たせなかったのだけど、

真っ直ぐに帰国せずに、

そんな大がかりな計画を立てるなんて、

僕にはとてもできない。

人間としてスケールが違う。

 

藤原さんの場合は、

1969年に初めてインドを訪れたとき、

インドがどんなところか、

ほとんど情報がないし、

何が起きるか予想できない。

 

そこでアフガニスタンかパキスタンで、

拳銃を買ってバスでインドに乗り込んだ。

そんなことも普通の人にはできない。

 

キョンキョンももちろんスケールが違う。

そして彼女は文章の達人でもある。

旅の日記を書いてほしいし、

ぜひとも読んでみたい。

 

 

今日も五木寛之さんの『命甦る日に』の、

昨日とおなじ福永光司さんとの対談を読んだ。

 

日本には「北の馬の文化」と、

「南の船の文化」が、

混ざっているという話が面白い。

 

たとえば序列を尊ぶのは北の文化であり、

着物の襟の左が前で右が後ろ、

という合わせ方は南の文化だそうだ。

 

それから北の騎馬民族は風呂に入れない。

なので北京の人たちは、

日本人から見ると基本的に不潔。

しかし中国南部の海岸地区の人たちは、

日本人同様に身ぎれいな暮らし方をしているとのこと。

 

清潔不潔という点では、

南の影響が大きいそうだ。

 

ま、そんなことがいろいろと書いてある。

 

 

いずれにしても旅は素晴らしい。

しかし当たり前だけど読書もしなくてはいけない。

そう、小泉今日子さんのように。

 

ひさしぶりにカフカ(1883〜1924)の言葉を引用したくなった。

 

〈僕たちが必要とするのは、

 僕たちをひどく痛めつける不幸のように、

 僕たちが自分よりも愛していた人の死のように、

 すべての人間から引き離されて

 森のなかに追放されたときのように、

 そして自殺のように、

 僕たちに作用するような本である。

 本は、僕たちの内部の凍結した海を砕く

 斧でなければならない。そう僕は思う〉

  (オスカー・ポラック宛の手紙 1904/1/27

 吉田仙太郎訳)