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化粧の日本史ブログ by Yamamura

昔の化粧から今の化粧まで、
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◆日本髪を結い続けると髷の根元の部分が禿げてしまうのでした!

 

こんにちは、山村です!

 

今回は、夏目漱石の小説

『吾輩は猫である』から、

明治時代の女性の髪の悩みを

とりあげてみましたビックリマーク

 

夏目漱石といえば、

学校でも習う明治時代の有名な文豪。

 

中でも有名な『吾輩は猫である』は、

明治38年(1905)から約1年半に渡って

雑誌『ホトトギス』に掲載された小説です。

 

小説にある女性の描写から、

明治末期の女性風俗の一端がわかります。

 

『吾輩は猫である』の主人公は、

中学の英語教師珍野苦沙弥(ちんの くしゃみ)

に飼われている猫ですが、

飼い主である珍野のモデルは漱石

といわれていています。

 

当時のヘアケア事情が分かるのは、

ある春の日の珍野と妻の会話からでした。

 

珍野が縁側で日向ぼっこをしていた時のこと、

妻の「脳天の真中には

真丸な大きな禿(はげ)がある」のを見つけます。

 

ちょうど妻は

「尺に余る緑の黒髪を、麩海苔(ふのり)と生卵」

で洗髪して、洗い終えた髪を背中に垂らし、

珍野に背を向けて、

縁側で乾かしているところでした。

 

珍野はそのハゲを見て驚いて、

「嫁にくるときからあるのか、

結婚後新たに出来たのか」と問うのですが、

妻は「女は髷(まげ)に結ゆうと、

ここが釣れますから誰でも禿げるんですわ」

と答えるのでした。

 

夫婦の年齢は推定30代。

まだ若い妻の頭に大きなハゲがあれば、

それはショックですよねびっくり

 

では、なぜハゲになるのかを、

説明しましょう。

 

参考にするのは江戸時代の浮世絵です。

真ん中の女性は、

髪結さんに結ってもらっているところ。

 

国芳国貞錦絵風流生人形(安政3年頃)より 

国立国会図書館所蔵

 

髪が立ち上がっている真ん中の部分が

(まげ)を結う際のにあたり、

髪を結う際には必ずこの部分を

元結(和紙でできた紐)できつく縛ります。

 

最終的に両サイドの髪も前髪も、

全部この位置にまとめて縛るので、

この部分に負担がかかり、

だんだんハゲてくるのが、昔から、

日本髪を結う女性の悩みでした。

 

現代でも舞妓さんなど、

地毛で髪を結う女性は禿げやすいはず。

 

『吾輩は猫である』の夫婦の会話から、

明治時代も同じような髪の悩みがあった

ことがわかります。

 

髪の美意識についていうなら、

珍野先生の妻の髪は「尺に余る緑の黒髪」で、

「豊かに靡(なび)く黒髪」とも表現されています。

 

「緑の黒髪」の意味は

「黒くつやのある女性の美しい髪」

妻は美しい黒髪の持ち主だったとわかります。

だからこそ、よけいにハゲが気になったのでしょう。

 

髪を染めるのが特別ではなくなった今は、

「緑の黒髪」は死語になりましたが、

昭和の時代までは使われていました。

 

そしてもうひとつ、夫婦の会話から、

明治時代の洗髪には、

シャンプー代わりに「麩海苔(ふのり)と生卵」

が使われていたことがわかります。

 

生卵は入れることもありますが、

ふのりだけの場合や、

小麦粉を混ぜる場合もあります。

 

ふのりの洗髪については、

以前にこのブログでも紹介していますので、

興味がある方は以下をご覧ください。

 

 

 

次回は6月10日頃更新予定。