昭和初期の働く女性 15 映画女優は働く女性の憧れNo.1 ! | 化粧の日本史ブログ by Yamamura

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◆昭和初期の化粧品広告には、女優の存在が欠かせませんでした!

 

こんにちは、山村です!

 

昭和初期の働く女性たち、

当時はさまざまな女性の仕事がありましたが、

そのなかで、みんなの憧れだったのが

映画女優でしたビックリマーク

 

昭和8年(1933)刊の『最新職業案内』には、

映画女優について、

「今日婦人の職業の中で、

映画女優ほど人気があり、

従って羨望の的になっている職業は

ありません」

と記されています。

 

昭和初期の庶民にとって、一番の娯楽は映画!!

人気映画女優は、まさにスターだったのですキラキラ

 

当然ですが、誰もがなれるわけではありません。

 

日活や松竹などの映画スタジオに採用されても、

最初は見習いで、給料も10円~15円程度

(たぶん月収でしょう)。

とにかく安いですね。

 

いわゆる大部屋の女優といったところですが、

昭和初期のガールの時代には、

こうした大部屋女優は、

ワンサガールともよばれていました。

語源はワンサカいるからとか。

 

そこから一流スターに上りつめれば、

給料は200円~500円に昇給ビックリマーク

特別な人は、7、800円支給されることも

あったそうです札束

 

月に800円といえば、

大卒1年目の年収に相当しました。

 

有名女優は、化粧品広告にも起用されています。

下の写真は、当時の大手化粧品会社、

クラブ化粧品の広告ですビックリマーク

 

(昭和7年(1932)の『東京化粧品小間物名鑑』より)

 

この女優は松竹のトップスターだった

川崎弘子さん。

 

愁いを帯びた和風美人で人気でした。

「クラブ美身クリーム」は、

クラブ化粧品の主力商品です。

 

そして下の写真は、

ライオンの「せんたく石鹸」の広告ビックリマーク

 

(同上)

 

ライオンといえば、歯磨き粉も有名でしたが、

石鹸も販売していました。

 

上の広告とは対照的に、

この女優さんは洋装で、髪もウェーブヘア。

下がり眉に目を囲むアイライン、

口紅のラインが特徴的な、

モダンガールのファッションですドキドキ

 

少々アイラインが強すぎて、

あまりいい写真ではないですが、

たぶん夏川静江さんでしょう。

 

溝口健二監督の『東京行進曲』で

主役を務めた有名女優でした。

夏川静江さんは、

洋装のモダンガールのイメージが強い女優さんです。

 

このように、化粧品広告にも

和と洋が交じり合っているのは、

昭和初期ならではの特徴でしたニコニコ

 

現代でも化粧品広告には、

綾瀬はるかさんや北川景子さんをはじめ、

有名女優が多く起用されていますが、

そうした構図は、

化粧品会社の販売競争が激しくなった

昭和初期には、既にあったということです!!

 

次回は6月11日頃更新予定。