サハラマラソン 挑戦記 #17
【サハラマラソン挑戦記 レース ステージ4】
2017/04/12/
86km
サハラマラソンも後半戦に入りましたが、昨日の熱中症の疲労が残っていて、体はこれまでで一番ダルい感じがしました。
歩くたびに足が痛いのは変わりありません…。
86kmを走り切るため、この日のスタートは、いつもより少し早めでした。
これが噂の適当なルートマップ
CP1まで13km、CP2まで10km、CP3まで13km、CP4まで12km。
CPまでの約10〜13kmぐらいのペースだんだんと体に馴染んきたなーと感じたのですが、
山越えなどもあり、計47kmを10時間10分かけて進んだのですが、「思いのほか時間がかかってしまった」というのが、正直なところでした。
前日まではCP2やCP3までだったため、それ以降は、初めての経験ということもあり、やはり苦戦。
*元々湖だったのですが干上がったそうです
*日の入りと月の出るパノラマビューには感動です
CP4でいつもと同じ夕食を取ったものの、それ以降に走る量を考えたら、食べる量が少なすぎたのです。
このステージは、2日ぶんと考えていたのですが、3日分を用意しておくべきでした。
CP5~CP6にかけての9kmの砂漠道は、本当にお腹が空きすぎなのと月明かりは明るいものの、でもやっぱり暗くて、眠すぎで、歩きながら寝てしまいそうでした。
体力の限界はとうに過ぎていて、フラフラとルートを外れそうになりました。
イギリス人の男性が「そっちじゃないよ、こっちだよ」と僕の腕をつかんでくれ、どうにかCP6にたどり着きました。
スタートから17時間が過ぎた深夜の1:15のことです。
ここで少し仮眠をしたのですが、起きてみると5:30。
仮眠のつもりが、すっかり寝てしまい、残り20kmを朝日とともに出発しました。
そしてスタートから、26時間後にフィニッシュ!
寝なければ20時間でゴールできたなーとタイムを気にするも、
じつはラスト30kmあたりから、足の痛みがどんどん増していました。見てみると、先日できた水ぶくれ以外にも、指に血豆や水ぶくれが…。
「こりゃ、いろいろ痛いはずだわ…」
なんとかゴールした後、荷物を持ったままメディカルに直行しました。
と言っても、整理券を渡されて待つことがわかっていたので、僕は整理券だけをもらって自分のテントで休憩。
目安の時間になったらメディカルに戻ってという感じにしていたのですが、それでも2時間ほど待たされることがほとんどでした。
こうしたときはメディカル内のテントで、寝たり、他の国の人たちと話しながら待つのが定番でした。
このとき、どんな会話になるのかというと「俺は〇〇のレースに出たぜ」というのがおよそほとんど。サハラマラソンに何度も出ている人や、サハラマラソンは初めてだけどモンブランマラソンやトレイルランのすごい大会に出ている人。
「トライアスロンの、どこそこのアイアンマンを何時間で走った」など、世界一過酷と言われるサハラマラソンに出るくらいなので、「そりゃ、みんないろいろと出てきてるよなぁ…」と思って聞いていました。
でも、僕、じつはフルマラソンすら出たことなかったんです。
「このサハラマラソンのステージ5で、初めて42.195kmを走るヤツなんて俺だけじゃない?」と感じていたので、
僕に話が振られたときは、「今年1月に宮古島100kmマラソン出たよー」と軽く流していました。
もし、「フルマラソンに出たことない」などと言ったら、「そんなゆるく、ここ来ちゃったの!?」と言われたに違いありません(ある人には実際にそう言われました 笑)。
でも、元F1ドライバーだし、過去に体力トレーニングをしていた遺産と、気合で乗り切ったわけなのですが。
野戦病院と化したメディカルテントでは、あちこちで足をあげて、治療してもらっていますが、担当をしてくれた男性の看護師は、僕の足を見て愕然。
「これ、サハラマラソンでナンバーワンのブリスターだよ」
つまり、今まで見てきたなかで、一番大きな水ぶくれだという意味でした…。たしかに、ステージ3、4を合わせて110km以上歩いて酷使した結果、ひどい状況になっていたのです。
担当の男性看護師だけでなく、もう他のお医者さんまで呼んできて、「あーでもない、こーでもない」とフランス語で話しながら、なぜかみんな僕の水ぶくれを次々に写メで撮っていく…。
メディカルの人たちから見ても、めずらしい大きさの水ぶくれだったわけです。
*一番下に怪我の写真ありますが、閲覧要注意です!!!!
「それならあの痛みはしょうがないか」などと妙に感心していると、今度は「サハラマラソンでナンバーワンのブリスターが取れて良かったね!」などとワケのわからない称号までいただきした。
「明日もあるけど大丈夫?」
そう聞くと「大丈夫!」という根拠のない返事をもらい、「そうか、痛いけど大丈夫だよね!」という、こちらもワケのわからない自信が芽生え、亀と同じくらいのスピードで、自分のテントに帰ってきました。
その速度があまりにゆっくり過ぎて、ビバーク内で出会う人から、「Well done」(良くやった!)という言葉を何度ももらいながら、僕は僕で、彼らに「Well done」と声をかけ、お互いに励まし合っていたのです。
「疲れたし、足が痛いし」などと思っていると、いつの間にか夕方に。
そのとき、「ラストランナーがもうすぐ来るよー」というスタッフの声が聞こえてきました。
そう、86kmステージのラストランナーを出迎えるために、ゴールにみんなが集まるんです。
僕も足を引きづりながら出迎えに行くと、すでに大勢の完走したランナーたちが集まっていました。
最後のランナー(メキシコかどこかの女性でした)をみんなで迎えるというのは、サハラマラソンがコンペティションでもありますが、同じ過酷なレースにチャレンジしている仲間という雰囲気になり、ファミリー感もあってとても感動的でした。
さらに、ラストランナーで終わりではありませんでした。
その後ろに、じつはラクダとラクダ使いがいるんです。
サハラマラソンは「最後尾を行くラクダに追い越されたらリタイア」というルールなので、つまり、ラクダとラクダ使いの彼もランナーと同じように86kmを完走したのでした。
みんなでの祝福が終わり、テントに戻ると、明日はいよいよ最終ステージの「ステージ5」です。これは、42.195kmのフルマラソンステージ。
じつは、このフルマラソンステージで、僕は「あること」をしようと決めていたことがありました。
それは、どんな状況であったとしても走り抜くこと。
これまでは早歩きをベースにステージをクリアしていたのですが、最後のステージだけは無理をしてでも、思いっきり走りきろうと決めいました。
足はボロボロでしたが、そう覚悟を決めた理由があったんです。
<続く>