親のこと 伝えられない私の思い
この春に大学2年生になった娘のことを振り返りながら書いています。娘は中3の5月から食べなくなり、拒食症と診断されました。発症して5年経とうとしています。☆☆☆前回、私の中に、小さかった頃に言えなかった怒りがまだ溜まっていると書きました。今回は私の親についてです。以前にも書いたことがあったかと思います。私は普通の親、普通の家庭環境で育ったと思っていました。が、娘が病気になって思い返すうちにそれはちがうと気づきました。私の兄は、兄が1歳になる前に高熱から脳に障害が残り、障害児となりました。私は産まれた時から障害児の妹として育ちました。小さい頃から、障害児の兄中心の家族、兄が1番の中、かなりの我慢をしていました。それが我慢だとは気づかず、我慢して当然頑張って当然家族のため、かわいそうな兄、大変な親のため、いい子でいることが当然妹だけど、お姉ちゃんらしく優しく兄の面倒みたり遊んであげるのが当たり前の中成長しました。その違和感に気づき、小さい頃に抱いた感情、小さい頃親に言いたかったけど言えなかった思いがたくさんあったことに、娘が病気になってからはじめて気付きました。本当麻痺してました。じゃあ、その思い、今、親に言えばいいじゃん!なんでしょうが、そういう、子ども時代に言えなかった親に、大人になってから伝えても、理解してくれないし、だってね、とかあの時は仕方ないとか、言われることの方が多いです。なので、言いたかった思いに気づいても、親には吐き出さない方ががいいと、史子先生から言われました。(大丈夫な場合もあるようです)史子先生に出会う前、それを知らず、親に言ったものの、その当時の苦労話をされました。よけい辛く、わかってくれない〜!という思いになりました。そんなモヤモヤした思いの中2021年1月2日父が急に亡くなりました。病気を患っていたわけでなく急でしたのでかなりショックでした。コロナ禍ということ、娘は終わったけど、息子は受験生なので、私ひとりで帰省しました。急だったので母も慌てていてパニック。誰に連絡したのかも覚えていない誰が来るかも理解していないそんな母と一緒にバタバタで父を送り出し、役所の手続きだけを一緒に済ませ、子どもたちの学校も始まったし、息子の願書提出もあり急ぎ自宅に戻りました。息子の受験が終わって、春になってからいろいろゆっくり片付けようそう思っていました。しかし、春になってもコロナは治らずでした。そして、父が亡くなってから一人暮らしとなった母の様子がおかしくなりました。きっと前からだったんでしょう。父の死がきっかけで密に母と連絡をとるようになったことで、露呈されたんだと思います。電話で話しても覚えていない、49日の予定を勝手に変更し、変更したことも覚えていないし、覚えてないから私に連絡もない。私は、なんで覚えてないの!なんで言わないの!とイライラするだけでした。そのうち3月、4月と、実家の母に関わった方たちから「今までと違う、お母さん大丈夫かな?」と頻繁に連絡が来るようになりました。大丈夫かな?と言われてもどうしようもできません。どうしたらいいかもわかりませんでした。認知症を疑われたのです。いや、これくらい、高齢者は普通なんじゃないの?そんなおかしい?いや、おかしいよね。わかっていて、どうしたらいいか遠く離れているし、動けずにいました。そんな時に背中を押されたのは兄がお世話になっている障害者施設の方のひとことでした。「お母さまは今までと違う、後悔する前に早く病院に行った方がいい」兄の施設の方で、親の片方が亡くなられたあともう片方の方が認知症になられたことがあると。その方も兄弟が県外にいて、気づくのが遅くなって、対応が遅れた。結果どうなったのか教えてはくれませんでしたが、早く病院に連れて行ってくださいと。娘の拒食症の時と一緒です。本人は病気と思っていない私も信じたくない、受け入れたくないそんな思いでした。でも、後悔はしたくない!必死に情報をかき集め電話しまくりました。うちは田舎なので、できれば大きな病院また地域包括支援センターにも初めて連絡しました。実家の友だちにも相談しました。こんな時、相談できる兄弟がいれば…相談どころか、その頃兄は体調を崩して入院していました。(それを知った母が兄の病気は何ですか?どうですか?と、毎日施設に電話したので、おかしい、と施設の方から私に連絡がありました。そういう意味では認知症に気づけたのは兄のおかげかもしれません)コロナ禍ということで、県外在住の私は病院にも付き添えず(付き添うなら2週間滞在後という厳しいルール)結局帰省しませんでしたが、県内にいる叔父(母の弟)さんが5月GW明けに病院連れて行ってくれ、認知症と診断されました。さらに介護申請もしてくれました。父が亡くなってからは、実家のこと、母のことでいろんなことがありました。小さかった頃の思い話しをしても父には伝わりません。話しをしても、母は理解できないし、覚えてくれません。娘とのやりとりから感じられる思い日常わきあがる思い母に伝えてわかってほしくても、伝えたらもっとイライラする。モヤモヤしていました。だから、今は、ひとりの時に自分に話したりひとり叫んだり思いを吐き出すようにしています。お父さん、もっと話しを聞いてよバカにしないで、勝手に判断しないでよ。お母さん、○○しなさいとか言わないで!優しくないとか言わないで!すごいねとか、そのままでいいよ!って認めてよ!私は手がかからないからって、お兄ちゃんばっかりじゃなくて、私も見て!もっと甘えさせて!私は悪い子じゃない!私はお姉ちゃんじゃない!何かしら思いが溜まった時に、小さい子どものように泣きながら言っています。でも私の思いは親に届かぬままです。そして、私の中の怒りはまだ溜まっているようです。史子先生に、講座の時に言われます。見る人が見ればわかるんですね。そうして、私の中の思いを吐き出しきって怒りがなくなったら娘の発言にイライラしなくなるそうです。そんな日がくるのかな?来たらいいな。娘の拒食症という病気を通して、私ははじめて自分が我慢していたこと、感情を抑えていたことに気づけました。そして、父が亡くなり母が認知症になったことで、ようやく親が○○してくれなかったから…とか、親のせいにすることが少なくなってきたように思います。今私は、伝えたい思いはたくさんありますが、親を憎んだり、責めたりはありません。摂食障害のお子さんがいらっしゃるお母さまは私のように何か我慢しているはずです。当たり前だと思って我慢と気づかずに頑張っていると思います。お母さまが我慢しているからお子さんが病気なのです。そこに気づいたら、少しずつゆるめて我慢を減らしてみましょう。そして、たまには駄々っ子みたいにひとり泣き叫んでみましょう。今日は親へのことについて書いてみました。みなさまの回復のヒントになれば嬉しいです。私のこの経験が誰かのチカラになりますように、何より、ミライの私のチカラになりますように。