私のこと 母親が楽しいことをやるとは?
いつもブログを読んでくださりありがとうございます。このブログは中学3年生から拒食症になった娘のことを振り返りながら書いています。高校では体重減少から意識障害でICUに救急搬送され3か月入院。コロナ禍で卒業。大学生になり徐々に病気を克服していきました。私についてはこちらの動画をご覧ください☆☆☆娘が大学4年になってからのことを書いていますが今日は私のことを子どもが拒食症になって母親の会やカウンセリングを受けたときお母さんも楽しんだら?お母さんも趣味を見つけたらいいよお母さんも息抜きした方がいいそんなことを言われました。当時娘はやせ細り生きるか死ぬかだったし私の行動はすべてチェックし娘が学校行ってる平日昼間(仕事の時間)だけが私の自由な時間でした。だから私は趣味も楽しむこともやらなかった私の心が不幸思考のまま楽しんでも娘が病気で趣味をしても心底楽しめない、そう思っていました私が楽しむのは娘の病気が回復したら…なんて思っていました。でもこれって先延ばしです子育て終わったら遊ぶ子どもが独立したら趣味始める定年後に旅行に行くそんなこと言ってるうちにあっという間に子育ては終わり、子どもは独立し、定年になるのです私の母がそうでした。やっと仕事を辞めたのに私の祖母(姑です)の用事がある祖母が亡くなったら、お父さんの世話がある(晩年目が見えなくなりました)父が亡くなって、さぁって!時はすでに85歳でコロナだったし、認知症になったし結局、行きたいと言ってた海外には行けずじまいでした。行きたいときはすぐ行く会いたい人にはすぐ会う母を見ていてそう感じたし史子先生の講座でも余命1日マインド習いました講座で習ってわかっていても私はあまり動けなかった気がしますが、母が亡くなってからそして娘と3月に旅行に行ってから楽しいことをし始めました普段の生活だと美味しいご飯を食べたり、映画を観たりですがこの年GWに芝桜を観に河口湖へ6月頭に日光へ6月頭に紫陽花と寺を観に鎌倉へ6月末にエスコンフィールドに野球観戦へ北海道へきままにたくさん出かけました。どれも計画的にというより芝桜観たい!紫陽花観たい!野球観たい!といった○○したい!といった感情が湧きあがり、行動につながりました。どれも楽しかった北海道は泊まりで急に決めたけどチケットも取れてラッキーでした芝桜と富士山鎌倉の紫陽花エスコンフィールドあ〜この感覚最近の私にはなかったなそもそも○○したい!の感覚もなくなっていたなそう感じました出かけるとなると留守番どうしよう?とか仕事は?とかご飯の用意とかあとお金がとかいろいろ頭に浮かびそうすると○○したい!のしたい!の感情がどうでもよくなってくるのですこの○○したい!の感覚、感情を日々の積み重ね、育みました食べたいもの飲みたいもの着たい服好きな色好き!や嫌い!やりたい!をどんどん感じる練習をします簡単ですよねそうするとしなきゃ、調整しなきゃといった常識的なことも忘れて、やりたい!行きたい!が出てきますもし、昔の私のように楽しむことがわからないお母さんがいらっしゃったら参考になれば嬉しいですそして私がやりたいことを楽しんでいた頃娘はというと…娘のことはまた次回に摂食障害のお子さまをお持ちのお母さま向けに無料相談をやっています。こちらからフォームで相談をお送りください私が答えられることは全てお答えいたします!私と話してみたいと思われた方LINEで私とつながりますなんでも聞きたいことメッセージ送ってください。私のこの経験が誰かのチカラになりますように何より、ミライの私のチカラになりますように