おはようございます!
京都金剛能楽堂へ向かっています。
観世元伯さんの訃報。
はっきり言って昨夜から何も手につかず、あまりの悲しさとショックに思考回路が停止しています、、、、、
能楽界の、大き過ぎる損失です、、、
それ以前に、同世代先輩として、友人として、仲間として、こんな悲しみはありません、、、、
若い頃からお世話になりました。
飯も随分奢って貰いました。
太鼓方観世流宗家嫡男としての使命と技量は言うに及ばず。
何より、舞台での佇まいが、美しい人でした。
私は元伯さんが、舞台で最も美しく座っているお囃子方だと思っていました。
だから、今年の7月の私の大曲の能朝長も、元伯さんにお願いしました。
「綱ちゃん、ごめんな!」
代役を立てることを詫びるために、私の携帯に、病院から何度も電話を頂きました。
その時に、私は色々元伯さんに言いました。
「元伯さんは、これから益々能楽界で必要な人なんだから、絶対に戻ってきて下さいね!慌てなくて、もし何年かかっても、みんな待ってます、そしてまた朝長やりますからその時は絶対お願いします!」って、一気に言いました。
「綱、お前泣かせるこというなよ、俺、頑張るよ」って、言ってくれました。
元伯さんを知ってる人はご存じのように、元伯さんは、とても社交的な方でした。
これは、お父上の元信先生もそうでしたから、遺伝なんだと思います。
だから、能楽界でも分け隔てなく色んな人と付き合い、信頼されていて、能楽師みんな、元伯さんが大好きでした。
私もその一人です。
だから、これから益々、元伯さんが能楽界で担う役割は大きいと、思っていました。
だから、能楽界にとっては大き過ぎるという言葉では済まない位の痛恨の極みです。。。。
私も自分でいうのも変ですが、社交的な方だと思うので、元伯さんとは色んなお話をしてきました。
今日は、伝統と歴史ある、京都のど真ん中の、金剛能楽堂の舞台のど真ん中に、立たせて頂きます。
同い年の豊嶋晃嗣さんと、また、舞台のど真ん中で、向き合えることは、無上の喜びです。
こんなに嬉しい気持ちと、悲しい気持ちを持ち合わせて舞台に立つのは、初めてです。
昨日から、全国の能楽師が、哀しみに暮れています。
今日も、全国で、能楽師が様々な舞台に立ちますが、みんな、元伯さんと共に、その悲しみを背負って舞台に立つと思います。
私も、今日は(そしてこれからも)、元伯さんの思い出と共に一緒に舞台に立ちたいと思います。
どうぞ宜しくお願いします。

