少し前にオイルの話をさせていただき
ました。W126のような古いベンツの
エンジンオイルには、15W-50のよう
な硬いオイルを選ぶべきか、という読
者からの質問だったので、オイルの粘
度と選び方についてお話ししています。
その記事を読んでいただいた方から、
ベンツのW201(190E2.3-16)には、
鉱物油と化学合成油のどちらが相性が
よいですか、という質問をいただきま
した。粘度の後にはもってこいのネタ
です。帆に風を当ててくださって、あ
りがとうございます。お答えしましょ
う。
ご質問をいただいた方は190E 2.3-16
に乗っておられるようですが、本当に
いいクルマですよね、190E。4気筒と
6気筒のモデルがありましたが、私は
特に4気筒のモデルが最高に好きで、
ちょうどクルマを所望していた弟にう
まいこと言って買わせ、宝塚の実家に
戻ったときは自分の足のように使って
いたことを思い出します。W123 230E
を名車たらしめた、車重が求めるより
も遙かに懐の深い足回りに支えられた
あの身のこなしの感触は、実はW124
よりもW201にこそ引き継がれている
と確信している次第であります、はい。
お約束どおり話がわき道に逸れました。
戻しましょう。
まず、粘度についてのよくある誤解を
払拭しておきましょう。粘度というの
は一定の温度下での流動性を示す指標
のことで、油膜の保持性と直接は関係
がありません。ただ、一般的に粘度が
高くねっちょりしている状態では、油
膜切れが起こりにくく、高温下でもね
っちょり具合が高いオイルほど、過酷
な運転でもエンジンを摩耗や焼き付き
から守る性能が高いという目安にはな
ります。もとよりオイルのねっちょり
どが高いということは、オイルをポン
プで圧送するのに大きな力が必要で、
エンジンの効率は落ちますから、オイ
ルメーカーもただ粘度の硬いオイルを
作ったりしません。粘度の硬いオイル
を作るときは、より高い油膜保持性を
追求した製品として設計するのが基本
ですから、高粘度=高温下でも高い油
膜保持性、というのは基本的には間違
っていません。
けれども、高い油膜保持性を粘度にだ
け頼っていた時代は、とっくの昔に終
わってしまっていて、今ではオイルの
分子構造や帯電特性などの別技術によ
っても油膜保持性が高められるように
なりました。高い油膜保持性が確保で
き、応力分散や密閉などのオイルに求
められるその他の特性も十分なレベル
ならば、粘度は低いに越したことはあ
りません。粘度が低い=柔らかいオイ
ルは、エンジン内部のフリクションロ
スを減らしますから、パワーを向上さ
せ、すなわち燃費が向上し、おまけに
アクセルレスポンスの素早い気持ちよ
さが付いてきます。
このような特性を実現する手っ取り早
い方法が、化学合成油を使うことなん
です。ひとくちに化学合成油といって
も、いろいろあって奥が深いのですが、
少なくとも誰もが耳にしたことのある
有名ブランドの商品であれば、ずっと
安く買えるような鉱物油に比べ、あら
ゆる性能ですぐれていると言えるでし
ょう。
W201の取扱説明書には、10W-40ま
たは15W-50のオイルを使え、と書い
てあると思います。当時、すでに化学
合成油はありましたが、世界的に広く
入手可能な鉱物油を基準に、遵守すべ
きオイル粘度を指定しています。とい
うことは、最新の技術で作られた化学
合成油を使えば、もっと低い粘度のオ
イルを使っても大丈夫そうな気がしま
す。恐らく、10W-40よりも柔らかい
オイルを使っても大丈夫かもしれませ
んし、実際にレースカーでは超高級オ
イルの使用を前提に、メーカー指定の
粘度よりも低粘度のオイルを使うこと
があります。けれども大切な愛車で、
同じようなことは絶対に試さないでく
ださい。オイルの性能は減摩だけでは
ありませんし、このようなトライは何
機もエンジンをオシャカにするような
実証実験が必要ですから、わざわざ自
分が人柱になる必要はありません。
まだ質問がありましたね。えっと……、
化学合成油はゴム製のシーリング材に
ダメージを与えるかもしれないので心
配だという内容ですね。これは有名ブ
ランドのオイルであれば、心配する必
要ありません。化学合成油、特に最高
性能を誇るエステル系のベースオイル
や添加剤には、ゴムをふやかす性質の
ものと、ゴムを縮ませる性質のものが
ありますが、それらの材料が単独で使
われることはありません。複数の材料
をブレンドし、それぞれの性能がうま
くバランスされた害のない商品として
仕上がってます。鉱物油に使われてい
る添加剤にも、もちろんゴムに対して
影響が出るものがありますが、同様に
悪影響が出ないようなブレンドがされ、
十分な検証実験を経た後に商品として
販売されてます。ですから、そのよう
にバランス良く完成されたオイルに、
無闇にオイル添加剤を足すことは止め
た方がいいと言えますね。
最後に、化学合成油は洩れやすいので
はないか、という質問についてですが、
確かに化学合成油は、浸透性が高く、
わずかなすき間を伝って染み出しやす
い特性は持っています。これは粘度と
は異なる指標による性質です。けれど
も、床にポタポタ落ちるほどは絶対に
洩れません。もし、化学合成油に交換
したら、床にポタポタし始めたという
のであれば、そのシーリングはすでに
交換時期だといえます。
ここで話を元に戻して考えてみましょ
う。僕らはどうしてオイル選びにこん
なに悩むんでしょう。それは、大切な
クルマのエンジンをいつまでも守って
やりたい、少しでもフィーリングを向
上させたい、できれば燃費も稼ぎたい、
なんて思いがあるからですよね。オイ
ル漏れをしないオイルを充填すること
が目的じゃないはずです。
化学合成油にしたらオイル漏れが発生
したのであれば、その部分のオイルシ
ールは何年前に交換したのか、自問自
答してみましょう。私はW126-500SE
のV8エンジン、AT、デファレンシャル
のすべてに100%化学合成油を使って
ますが、オイル漏れで悩んだことは1
度もありません。その代わり、走行距
離が約19万kmに到達するまでに、タ
ペットカバーのオイルシールを3回、
エンジンオイルパンのガスケットを1
回、ATオイルパンのパッキンはATフ
ルード交換毎、デファレンシャルのド
ライブシャフトシールリングは1回、
それぞれ交換してます。でも、こうい
う整備って、オイルの種類に係わらず、
いずれ必要だったよなと思います。そ
こんところをちょっとケチるために、
化学合成油の“高性能”を諦めるという
手もあるのかもしれませんが、私はそ
ちらに目が向かなかったということで
す。みなさんは、どうですか?
山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
Twitter / nineover