働くということ・49 加藤博文さん | くるまの達人

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とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

金剛組  棟梁
加藤博文さん


私、いま65ですわ。私らの若い頃は、
蛙の子は蛙でね。親が大工やから自分
も大工、みたいな理由で弟子入りして
くるのが普通でした。ところが今は、
そんなん一人もおりませんわ。昔と違
います。

ところがここは職人の世界ですから、
昔ほどではないにしろ、今どきの子ら
にとっては厳しいことも多いはずです。

理屈ばっかりこねて言われたこと聞か
んだりしてると、パーンと手が出るこ
ともあるし、腹が立ったら、もうやめ
て帰れって、明日から出てこんでええ
って、そんなん言うこともあったりし
ます。

ただ……不思議と、明くる日ちゃあん
と来てますな。叱られたこと黙ってや
ってますね。なんでなんでしょうな。

古い感じ、するかもしれませんけど、
職人の世界は今でも徒弟の関係が基本
で、いわゆる会社に就職するという感
覚とは少し違うんです。

弟子入りといえば住み込みが当たり前
やった昔の名残かもしれませんが、弟
子を採る、弟子に入るというのは、親
子関係を結ぶみたいな感じでね。

今どきの若い子らは自分でアパート借
りたりしてますけど、それでもウチへ
来たときはつかつかと遠慮もなく上が
ってくるし、飯時ならお膳の前に座っ
てね。私がなんも言わんでも、女房が
慌てて支度して、食べさせてやってま
すわ。

そんな関係ですよってにね。その上で
親が子を叱るのは、子を思うてのこと
なんです。そう思うて叱ってる限り、
子は親には逆らえんのです。

職人の仕事はね、まずは辛抱すること
です。宮大工として出来て当たり前の
ことを身につけるだけで、少なくとも
3年くらいは掛かります。5年や10年
たって、ちょっとは一人前みたいな感
じになってきたかなと思うたら、次は
責任を持たせることです。任されて自
分で関心が盛り上がってくると、放っ
ておいても京都や奈良のお寺さん見に
行ったりして研究してますわ。

そうするとおもろいもんで、それを見
とる若いもんが、我がも早いとこ兄弟
子みたいに一つのものをやらせてもら
いたいって、欲が出てくるんですね。
兄弟子の仕事ぶり、気にして一生懸命
見てますから。

ただしね、職人は、年配者が若いもん
に技術を教えるようなことはないんで
す。技術は盗めというのは、今も変わ
りません。教えん代わりに仕事与えた
るから、おまえで考えてやれと。でも
勝手にせんと、こうやろうと思うとる
ねん、ああやろうと思うてるねんとい
う考えを全部、いっぺんこっちに持っ
て来いと。

それだけで昔からの伝統は正しく継承
できるもんです。

大工っていうのはね、技術の数みたい
のは案外知れたもんでね。それをいか
に組み合わせるかという仕事やったり
するんです。せやからほんまに受け継
いでいかなあかんのは、手先の技とか
ではなく、この仕事に対する思いの部
分なんとちがいますか。

そういえば私、五十半ばになっても我
がの仕事に夢中で、弟子に教えるとか
そんなん考えてませんでした。結局な
んなんでしょうね、やらなあかんこと
の見本は千年の歴史を持つ寺ですわ、
そのために何をしたらええねんという
手本は、目の前で黙々と木を削る親方
であり兄弟子ですわ。

若いもんにとって、見せつけられるこ
とほど強い言葉は、ないんでしょうな。

Interview, Writing: 山口宗久

(株)リクルート社内広報誌「かもめ」
2008年6月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです

※記事掲載への思いについて。


山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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