埼玉医科大学総合医療センター
救急科(ER)科長 輿水健治さん
医者という仕事をしていて思うのは、
人には自ずから生きようとする力が備
わっているということなんですね。
具合が悪くなったら医者に助けてもら
いたいとか、良くなったのは医者のお
陰なんて、よく言うでしょ。でも実は、
本人の生きようとする力の存在という
のはとても大きいんです。
実際に、病気に負けないで助かるぞっ
ていう患者さんの意識は、本人の免疫
力を高めることが実証されてるんです
よ。
だから医療の主役は医者ではないと私
は思うんです。
けれどもね、医者はもちろん医療に従
事する者として、その道のプロフェッ
ショナルではあります。加えて日本の
医療現場では、医者と患者の間に非常
に密接なコミュニケーションが求めら
れます。
執刀医自ら診断を下し、手術を行い、
術後の経過を見守るという医療は非常
に日本的で、極端にまで分業化が進ん
でいるアメリカでは、手術専門の医者
は患者さんの名前さえ知らずに執刀す
るのが一般的なことなんです。
私は日本人ですから、患者さんとの係
わりという意味では、やはり日本的な
医療の方が好きですね。
患者さんのことをよく知り、生きよう
とする力を後押しするような、そうい
う医者でありたいんです。
ところがERに運び込まれてくる患者さ
んと僕には、そのような経緯がありま
せん。けれどもそのような時は、もう
ひとつのプロフェッショナルとしての
血が騒ぐんです。
それは、この患者さんをこんなところ
で一人で逝かせてはダメだという意識
なんですね。
医者には、人の死を看取るという仕事
もあるんです。
とても辛い仕事ですが、それでもたく
さんの親族に囲まれて生涯を終えるよ
うな逝き方はまだ救われます。けれど
も朝元気に出かけたにも係わらず、出
先で不幸に見舞われて、たった一人で
生涯を終えて亡骸で帰宅するなんてい
うことは、あまりにも寂しいじゃない
ですか。
そんなことさせてたまるか! ってい
う気持ちが、緊張の連続の中に身を投
じなければならない救急医療の現場で
働く、大きなモチベーションになって
るんです。
当直で疲れてようが何だろうが、今何
かすれば助かるかもしれないって思う
と、疲労感なく働くことができるんで
す。
そうやって助かった患者さんが退院し
ていくときに、よかったって言って笑
顔を見せてくれたら、本当にうれしい
んですよね。
AEDの普及のお手伝いをさせていただ
いたのも、そんなにいいものがあるな
ら、日本でも使えるようにしようよっ
ていう気持ちからです。
AEDがあれば助かったかもしれないお
子さんを亡くされたご両親が始めた活
動を、支援させていただくという形で
携わりました。
活動の輪はインターネットなどを介し
て拡がっていき、結果としてAEDの普
及に結びついたわけです。
朝元気に出かけたのに……みたいなこ
とが、一例でも防げたとしたら、これ
も医者の仕事としてよかったなって思
うんです。
医者っていうのはね、金儲けだなんて
意識じゃ続けられない仕事なんですよ。
いろんな事件が報道されていますけど、
恐らく9割9分は善人で、使命感に燃
えて一生懸命仕事してると思うんです。
それでも僕に理想があるとしたら、お
金とまったく関係のない環境で医者と
して働きたいですね。
医療の未発達な土地で、本当に助けを
求めている患者さんと向き合って、今
何かをすれば助かる、だから診る、っ
ていうような、そういう使命感に純粋
に燃えることが仕事だとしたら、医者
としての本望だと、僕は本当に思いま
すから。
Interview, Writing: 山口宗久
(株)リクルート社内広報誌「かもめ」
2008年4月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです
※記事掲載への思いについて。
山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
Twitter / nineover
facebook / Yamaguchi Munehisa