この写真は京都府庁で撮影したものです。

 

 

私の家族はよく喧嘩をする家族です。
喧嘩の原因はというと、ごくつまらないことで、例えば
「久しぶりに外に食べに行こうか」
と私が提案すると、全員それに賛成するのはよいのですが
何を食べに行くかがなかなか決まらないのです。
妻は「すし」がいいと言い、息子は「カレー」という。
娘は「パスタ」が良いといいます。
私は私で「和食」が良いという有り様で、
みんな好きなことを言ってまとまりません。
そこで私が「誰か譲りなさいよ」というと
妻は渋々「パスタでいいわ」と譲ります。ところが
子供たちも「お寿司にするわ」と譲ります。
そしてまた喧嘩になるのです。

譲ることは良いことです。そのように教えられるし、それが常識となっています。
我が家の喧嘩は一回譲ったまではよかったのですが、
その先またお互いが譲らないため喧嘩が収まらないのです。
お互いが教えられたとおり「良い人」であろうとして、
再度譲ろうとしないためです。再度譲ってしまったら
最初の自分を押し通すことになり「悪い人」になってしまうからです。

「譲る」というのは、自分を抑えて他を立てることですが、
我が家の場合はあくまでも自分を立てているのです。
「良い人」でありたいという自分の気持ちを立てているのです。
良い人であろうとすることは、いつでもトラブルを避けるための
良い手段になるとはかぎりません。
本当に他を立てて譲るつもりなら、自分は悪者になって、
良い人でありたいと思っている相手の気持ちを立てる方が良いのではないでしょうか。