生きる権利…死ぬ権利…
自らの生と死の在り方を自らで選択する権利を求めながら、彼女は、日本では認められていない方法で最後を迎えました。2011年頃に発症し、心身共に非常に辛い状況に身を置きながら、どのような方法で最後を迎えるか必死で模索していた彼女が、この方法を選んだ事は不本意だったと思います。しっかりと世の中に認められた安楽死という方法で、正々堂々と逝きたかったんだと思います。私自身、徐々に身体が動かなくなっていく病気になり10数年が経過しました。今まで生きて経験してきた中で、自分の意に反して身体が動かせなくなり、ベッド上で寝たきりになる病気にだけは絶対になりたくないと思っていました。だから非常に残念な思いです。そしていざ現実としてこういう病気になってしまうと、自分の身体がどういう状態になったら死にたいか、どういう方法で死ねるかという事をずっと考えています。それは、身体の自由を奪われ、ベッドの上で天井だけを見つめて、ただ時間が経過するのを待つだけの生き方が自分にとっては辛過ぎて耐えられないからです。身体が動かなくなって行く病気や癌など、耐え難い精神的・肉体的苦痛を受ける病気はいろいろあると思います。そしてこういう病気になりながらも、出来る限り生きていたいと思う人もいっぱいいるでしょう。こういう人たちには生きる権利は当然必要です。社会全体で教育、研究、法整備などのサポート体制を充実させて、特にその患者自身と、その介護をする家族のサポートが大切です。安楽死を求める人の多くは、「家族に迷惑を掛けたくないから…」と考えるでしょう。そう言った不安を取り除くには、都道府県ごとに難病専門の看護・介護の教育施設を作り、育成していく事も大切だと思います。そしてその仕事に誇りをもって従事出来るように、しっかりとした報酬も支払うべきです。一方で、「家族に迷惑を掛けられない…」と思う人や、私自身や今回の彼女の様に、「自分の意思で身体が動かない状態で生きて行くことが耐えられないから・・・」という人も当然存在しています。そういう人の為に、死ぬ権利も当然あるべきです。死を選ぶことも一つの生き方だとも思います。