小児がん24年後の晩期合併症~障害年金をもらう-1~
小児がんから24年後の晩期合併症63.障害年金をもらう-1 2011年7月(43歳)。梅雨も明けて夏の営業準備を始める時期になっていました。この半年程の間に、小児がん治療による晩期合併症の存在を知り、自分の過去を遡って、現在の病気と過去の病気のつながりを見つけてきました。しかし、現実は現実として、自分の体が思うように動かないという情けなさは、日々感じずにはいられませんでした。治療法も治療薬も無く、この現実と闘うことさえできない歯痒さは本当に辛いものです。 ペンション経営の方も、受け入れるお客さんの数を制限して、お客さんに迷惑が掛からないようにしてきました。しかしこの頃から、足を引きずりながらお客さんのお出迎えをしたり、朝食の準備をしている私に対して、お客さんの方から「あら、足どうしたの?」、「手伝おうか」と声を掛けてきてくれていることに気が付きました。もうすでにお客さんに気を遣わせていたということです。そんな事もあり、「そろそろペンションの経営をやめることを考えておかなくては…」と思い始めていました。 しかし、「その後の生活はどうする…、仕事はどうする…、そもそも段々と体が動かなくなっていく自分にとっての収入源は…」などなど考え出したら夜も眠れなくなってしまいますが、そんな時、大脳皮質基底核変性症の患者・家族の集まりである「CBDを生きる」というグループの中で、「障害年金」の事を教えてもらいました。障害年金とは、国民年金に加入している間にある病気やケガになった場合に、法令により定められた障害等級(1級・2級)による障害の状態にある間は、障害年金を受け取れるというものです。 2010年に大脳皮質基底核変性症だと診断された時に、このまま毎月14,000円程の国民年金保険料を払っていても、「年金支給開始の65歳まで生きているのか、恐らく生きていないだろうな」と思いつつ、無駄になるかも知れない保険料の支払いをやめるるか、治療薬が出来るかもしれないという僅かな希望に掛けて、保険料の支払いを続けるか、ずっと悩んでいたので、とりあえず申請してみることにしました。 つづく スズメバチだっ! うりゃ! パクっ! 日本ブログ村に参加中、ポチッ!とクリック嬉しいなり↓ みなさんのブログがご覧になれます