我が学び舎よ
お疲れ様です‼️今日はぼちぼちと切ない日になりましたね卒業まであと一ヶ月ちょっと我々は3年間お世話になった学び舎での最後の講義となりましたいやぁ、寂しいですねその前に、自分は寒い中で研究補佐を行い一つ一つのデータ分析を慎重にやり遂げましたもう研究補佐ができるのも1ヶ月足らずKT生としての自分はもうすぐで卒業となります今朝は朝から英進党党首としてぶらさがり会見も行いました『Eishin名誉総裁 緊急ぶらさがりコメント 「解散総選挙 自民党歴史的圧勝を受けて」』【質疑応答】鶴井記者「Eishin名誉総裁、おはようございます‼️ J通信の鶴居です。解散総選挙の開票が今朝4時頃に終えましたが、開票結果を受けてEishin…ameblo.jp憲法改正草案については慎重に作成しておりますので年度内には終わるかと思いますさて、ここからはブログでは控えてきたであろうKTについて語りましょうか自分は高校卒業後、大学に行けなかったという悔しさを抱いたまま長崎の専門学校に入学正直、自分はこのまま長崎で就職しようと考えていましたしかし、途中から寮で過酷ないじめに遭いましてそんな時に高校の友達による支えによりもう一度、大学入試を受けてリベンジしようと受験勉強を続けてきた中で流石に現役の時に志望していた史学系までをリベンジするわけにはいかなかったので共テを受けた後に、自己採点結果に基づいて色々と振り返りながら「そういえば僕って昨年の大河ドラマ・『晴天を衛け』を観てから経済に興味を持ち始めたよなぁ」と思いながらギリギリでKT商経学科にWeb出願しましたこの時はダメもとだったんですよww長崎の寮でいきなり親に電話かけて「僕、KT受ける事になったから!」なんて言ったらですねめちゃくちゃ怒られましたw共テを受ける時もめちゃくちゃ怒られながら説得したんですけどそれでKTを受けるというのは親としても許せなかったみたいで「最初長崎に進学するって言ったのお前だからな💢💢 それで親はこんだけの大金をお前に注ぎ込んできたのにドブに捨てるつもりか💢💢KTなんてお前が受かるわけねぇだろ💢💢」っていうのを凄い言われてそれでも当時としてはもう精神的にも苦しくて早く寮から出たかったので「こっから俺は大学進学しか道がねぇんだ!!」言うて残り2週間というところで懸命に勉強をしまして2月半ばぐらいにまた鹿児島に帰って当日を迎えるわけですが3年前ながら、当時の様子というのは覚えてまして何故か知らんけど半分緊張してて半分リラックスしてる状態で食堂が控え室になってたのですが控え室では右手に阿蘇神社の御守りを握りしめて「どうか、僕に大卒の道を。。。夢を抱ける機会をもう一度お願いします」と心の中でお願いしてたんですねそして、数分後に移動したのですが図書館の2階視聴覚室が商経学科の試験会場だったので高校時代から使ってきたNIKEのシャーペンと消しゴムを机上に置いて深呼吸をしながら待ち続いて「はじめ!」の合図でひたすら書いてましたね当時の問題内容もうっすらながら覚えてましてそれが後のミクロ経済学を学ぶヒントになるとは当時の自分としては知る由もありません試験終了後は昼過ぎだったので急いで家に帰って、出る前にまとめていた荷物を持ってJRで長崎に戻ったんですけど確か合格発表が3月初め頃だったんですよ周りの友人とともに朝のホームルームの時から結果発表を待ち望んでまして合格発表の時間は12時過ぎだったかな?ちょうど昼休憩の時にみんなで「せーの!」言うて、僕のスマホで合格発表画面を開いて大学のサイトに合格した受験番号一覧が掲載されてたので受験票を片手に友達と見てたら「やーくん! ほら、あるじゃん‼️」って盛り上がりながら教えてくれて「えっ、マジ?」と思って自分で確認したら本当に載っててそしたらみんなが「ぎゃ〜!! や〜くん良かった‼️おめでとー!」言うてみんなが喜んでくれて本当にあの時はクラスの皆さんに恵まれてましたねクラスの9割が女子でしたけどかなり温厚な方々ばかりでしたそんなみんなで喜んでる中でひっそりと担任の先生が教室に入ってきて「Y君。。。Y君。。。」と呼んでたんですけど友達と盛り上がってる途中なのでなかなか聞こえてなかったんですよそしたら、先生が立ってる入口近くで話してた他のフレンドグループが「やーくん、先生は呼んでるよ?」言うて教えてくれてそしたら、一緒に盛り上がってくれてた陽気な友人が「先生‼️先生!!、ヤーくんが!」ってちゃっかり大学受けたこと言いそうになってたので僕と他の友人達が「シー🤫」言うて黙らせたんですけどそしたら先生が「盛り上がってるところ、悪いけどみんなY君借りるね!」言うて僕は職員室に呼ばれてそこで先生が放ったのが「今さっき、お母さんから重要な連絡を受けたから今すぐ寮に帰りなさい! 他のみんなには私から事情を伝えておくから」だったのでいきなり言われた自分としてもピンと来なくて最初は合格発表のことかと思って「いやいや、重要な連絡ってそんなのメールで報告すれば済むことですよね?」って言ったら「まぁいいから! 今すぐ帰りなさい! 今すぐ帰って、お母さんとじっくり電話で話しなさい。。。」って言われて「いや、そんなのいきなり言われても今から授業が始まる時間ですし。。。」って返したら「それはもう公欠の手続きを私がしてあるから帰りなさい。。。」って言われたんですよ「公欠!? 」と思ってもう1週間後に修了式を控えてる中でいきなり「公欠」を言われましてしかも生まれて初めて、先生から「公欠」を言い渡されるというパターンで尚更困惑してそしたらちょうどその時に副担任の先生が職員室に戻ってきまして「あ〜、ちょうどよかったです〇〇先生(副担任)! Y君を寮まで車で送ってあげてください。出来ればお母さんと電話する時も横で見守ってあげてください。」と担任の先生が副担任の先生にお願いした瞬間に副担任の先生が「あ〜、そうですね。。。」と全てを知ってるような様子だったので自分はやっと、「只事じゃない。。。合格発表の事じゃないんだ。。。」と察して副担任の先生が「じゃあY君、一旦教室にある荷物を全て運んで寮に帰ろうか!」と付き添ってくれたのでそのまま教室の廊下で副担任の先生が待ってくれてる中で自分は教室にある荷物を全て持ち帰ってその時に、ちょうど年度末という事で情報処理の授業範囲が全て終えたというので映画『ワンピース FilmRED』をみんなが鑑賞してて僕が準備してる時に講師の方が「Yくん!」言うて止められて「せっかくだからこの授業受けてから行かない?」って言われてそしたら廊下にいた副担任の先生が「Y君は時間の都合もあるのでそれは厳しいです!」って止めようとしたら「事情は把握してます。JRの時間ならまだ間に合いますから、一時の思い出としてみんなで鑑賞させてください。」とお願いしてくれてその時にみんなが僕の席を用意してくれてみんなで楽しく映画「ワンピースFilmRED」を2時間に渡って観た後に残りの時間がまだ余ってたので講師の方が「じゃあみんな残りは好きなYouTubeの動画を1人1本ずつ紹介していくかたちにしようか!」と1人ずつ順番に1本ずつ好きなYouTube動画を見てきた中で僕が席的に最後だったのでこの動画を紹介しました「僕が長崎で幼少期を過ごした後に、5歳の時から育ってきた長崎に次ぐ第2の故郷です!」と紹介しましてねそしたらこの動画を終えた後にみんなから拍手が沸き上がりまして👏「やーくん、鹿児島凄いじゃん!今度鹿児島市街地案内してよ‼️絶対、鹿児島来るからさ!」「天文館と温泉、案内して〜」とクラスのみんなから多くの声をいただきまして鹿児島としての誇りを感じましたねあともうひとつ、維新Dancingも紹介したかったんですが時間の都合でできませんでしまその後、みんなと楽しい雑談をした後に講師の方から「Y君、私は君の将来を期待してるよ‼️ 鹿児島でもY君らしく頑張りなさい!私たちはY君の新たな道を長崎から見守ってるからね。」と言ってくださって何故大学を受けたことを知ってるのか不思議に思いながら速やかに教室を出まして副担任の先生の車に乗って寮まで帰ったんですねそしたら、寮の駐車場で副担任の先生が「ここでお母さんに電話して。。。」と言われたので「それはちょっとプライベートの事もあるので話しずらいですよ。」と言ったら「大丈夫。。。先生達は全て事情を把握してるから、遠慮なく電話して。先生、じゃあ聞こえないようにイヤホンしとくから。」とスマホでᖰ ᖳを耳にはめて音楽を聴き始めたので「それはちょっと。。。」って言ったら「早く! 大丈夫、このᖰ ᖳ高音質だから何も聞こえないよ」まだ20代半ばぐらいの僕達と年齢が近い先生だったので考え方もまだ青かったんですね青かったんですよそれで言われるがまま母親に電話したら曽祖父の訃報を告げられまして思わず涙が溢れてしまいました母親が言うには、2日前の夕方に曽祖父は亡くなられたみたいですっで、電話した後に副担任の先生から「Y君、もっと泣いて良いんだよ」と背中をさすってくれながら実は曽祖父が亡くなったその日に学校には母親から電話を受けてて担任の先生はその時に「じゃあ今すぐ寮の方に連絡しますね‼️ 」 って言った時に「実はEishinは明後日に大切な合格発表を控えてるので明後日の昼には合格発表がされてると思うので申し訳ありませんが、Eishinの喜んでる様子を確認されてからそのまま何も言わず帰して貰えませんか?」というのを母親からお願いされたというのを教えてくれてそれで担任先生は僕が性格的にショックを受けて体調をいきなり崩さないか心配でそのメンタルケアとして年齢が近くて何でも話せるであろう副担任の先生を横に付かせたみたいですねまぁ確かに顔があしゅに似てたのでなんでも話してましたけどwwその後も一時、あしゅ似の副担任の先生に背中をさすられながら泣ききって数十分後に寮の部屋に戻って、帰る支度をした後にそのまま副担任の先生がJRの長崎駅乗降場まで一緒に中に入って見送ってくださいました本当に今でも感謝でしかないと思います副担任の先生は今おそらく28歳ぐらいかなおそらく今も専門学校の先生として元気に過ごされているのだろうと思いますその後、僕はそのまま途中乗り換えて二月田駅で降りて指宿へ向かいました続きは当時の記事を読んで欲しいと思います『これが現実なんて…』お疲れ様です先程、学校を急いで出て今JRに乗っています先生から、「Y君、今日は早めに寮に帰っていいよ。後の事は保護者とゆっくり話しなさい。帰りは気をつけてね。…ameblo.jpこのブログもあまりにも電車内で気持ちの整理が出来なくて咄嗟に書いたものでしたねちょうど鹿児島中央駅で乗り換える時に父親が待っていたので父親と一緒に二月田駅に乗り換えた記憶があるんですけど僕の大学生活はこの悲しい出来事を経てからのスタートだったわけですねそのちょうど1ヶ月後にKTで人生初の大学入学式に出席するわけですけど凄かったですよぉ地元メディア各社のカメラマン達が後ろに集まってフラッシュを炊いていてどことは言いませんが、地元紙の記者の方が何人かの新入生に声をかけて取材をしていたり県内屈指の公立大学としての凄さを感じました久しぶりの鹿児島という事もあって地元メディアの方々を見かけた時には懐かしさ半端なかったですよね入学式のつい1週間前まで長崎の専門学校でITパスポートの補習を受けていたのでそれでまだ鹿児島に完全帰省したばかりだったので「鹿児島に帰ってきたんだなぁ自分!」と思いながら帰国子女感覚で入学式に出席してその後、キャンパス内を歩いてると早速、中庭では多くのサークルの先輩方が勧誘を行ってまして文化系から体育会系まで勢揃いで並んでてその中で1番目立ってたのがテニスサークルだったんですよあまりにも陽キャ過ぎて新入生の皆さんドン引きしてて僕も入学式の日は近づかないようにしてそのまま正門を出たら美人な先輩方がマッククルーの服装をして大学の目の前にあるマックのバイト勧誘を行ってたんですねその方々に声を掛けられて「いやぁ、ウチの店はアットホームなんで是非是非!賄いも豪華ですよ‼️ もうポテト・バーガー食べ放題ですからねぇ」って言ってきたので「あぁ。。。絶対嘘だぁ」と思って、その場しのぎでチラシだけ貰って去ったんですけど問題はここから!!ウチの大学はね、2つ門があって1つ目が戦前から使われている営門2つ目が公道に出る境目にあるプラスチック状の六角形の正門があるんですけどそのプラスチックの正門前でカトリック教徒を名乗る集団が勧誘活動を行ってたんですよこういう集団は長崎がかなりお盛んですから対応には慣れてるというわけではないですが一応、これからKT生として注意喚起を行ったらどういう事になったかはこちらも当時の記事を読んで欲しいと思います『新学期スタート‼️』お疲れ様です!!今日は学校の始業式でした久しぶりのスーツがまさかのキツキツでしたww今日から新学期が始まるわけですが、それと同時に就活も始まるわけです…ameblo.jpちょっと当時の記事はまだ長崎にいる設定なので一部脚色が含まれてますが正しくはKT入学式での出来事ですそれ以前に入学式の3日前に確か受講登録オリエンテーションがあって新入生が一度集まったんですよその時にゼミとか発表されて既にその頃からカラーヘアの方が多かったんですよそれはいいとして確か入学式翌日後からゼミがあって顔合わせをしたんですけどまぁ大学なんで議論をする場として色々アカデミックな説明とかも受けて初日をスタートさせるわけです初日のことは未だに覚えてますけど帰ろうとしたら中庭でまたもやテニスサークルが陽気な姿で勧誘してて僕には関係ないと思って通り過ぎようとしたら「おい君!! なかなかテニスボーイに相応しい雰囲気してるね!!」っていきなり陽気な先輩方から言われたのでお世辞にも大概にして欲しいと思ってイラッとして無視しようとしたら「君!! 名前なんて言うんだい?」って言われたので唐突すぎんだろ!!と思いながら「Yです!」って言ったら「下の名前は?」ってそのまま訊かれたので「Eishinです!」って教えると「お〜、かっこいい名前してんじゃん!! 俺達とマブダチにならないかい?」言うて、ハイタッチしてくれるのを待ってるわけですよ「いや、僕がテニスなんて。。。運動神経悪いのでぇ」「別にそんなふうには見えないけどね、寧ろテニスボーイって感じしかしないよ。」「お世辞で言ってます?」「いやいや、ガチだよ!君にはテニスの才能がある。何なら、そろそろ17時から練習が始まるから見に来ちゃいなよ!」「まぁ。。。そこまで言ってくださるなら是非」「OK! じゃあ俺についてきな‼️」言うて、連れてこられたのがキャンパス内の奥にあるテニスコート勧誘してくださったのは後に色々教えてくださった心優しい先輩なのですがその先輩はまだ正門前で勧誘をするというので途中で他の女性のトレーナー姿の先輩方が案内してくださって「興味をもってくれてるだけでありがたいよ、ここで見ててね」とテニスコートの裏側で見学した時にウチの大学って、そもそも女子が大半以上を占めていてテニスサークルも9割以上が女子だったんですそれで先輩方がめちゃくちゃサーブとかが上手くてボールの跳ね返し方も凄すぎて感銘を受けてるところに「ちょっと、そこの見学しに来た1年生!」って手招きされながら呼ばれたので返事してそのままテニスサークルの中に入ったら「1回プレーしてみない?ほら、相手はあのコート前にいるあの子がするから体験として打ってみて!」って言われて僕、高校の体育しかテニスした事なかったのでホントに初心者だったので「すみません、僕初心者なんですよ!」って言ったら「全然OK!! 寧ろそっちのほうがウチらも教えがいがあるから遠慮なく打ってみて! サーバーは君が先攻!」って言われて自分がサーバーになって打ったら当然ながら軽くしてくださってもボールが早くて何度も空振りをしまして後ろで先輩がそれを見て「ははぁ〜ん、そのレベルねぇ。よし!分かったやめていいよ。」って言われて僕はもう飽きられたんかと思って「すみません、流石に僕はテニスは向いてませんよねぇ」って返したら「何言ってんの! 寧ろ逆!! 君は明日から早速私たちと特訓のために来ておらうから!」っていきなり言われて「いやいや、流石にそれは。。。」「言い訳はなし! 今日から君は私たちのチームメイトだから!! 明日、必ず教務課でサークルの入部届け出しに行きなよ!」って言われて「いや、流石にそれは。。。よくよく考えさせていただく時間を頂けませんか?」ってお願いしたら「って言ってどうせ逃げるパターンでしょ? 絶対君を逃さないから! 今日から君はテニスサークルの一員です‼️ 逃げないでください!」って言われまして「これまた強引なぁ」と思いながら渋々頷くと「あっ、肝心な名前聞いてなかったわ! 君、名前なんて言うの?」って訊かれたので名前をそのまま教えたら「Y君!今日からよろしくね!! 私はここのテニスサークルのキャプテンの〇〇です!!」って紹介されてまさかのキャプテンだったのか!?と思いながら、その日は緊張しながら帰った記憶がありますけど翌日は言われた通りにサークルの入部届け出しましたからね怖くて逃げられませんでしたwwあんな陽気な場は初めてだったのでとんでもなく怖かったですねそこから先輩方との猛特訓が行われて途中から他の新入部員の方々も入ってきて新入部員の中には当たり前のように経験者もいて当然ながらその方々とは差がひらいたので大変でしたねぇその先輩方は2年生で最初のキャプテンの方はとある事情で途中退部してその後に男性の先輩が残りの任期でキャプテンを努めるのですがその時にはもう自分は戦力外通告されていつも間にか裏方の仕事を併用しながらプレー練習に励んでそこから2年生では僕より少し後から入ってきた同期である経験者集団の中のリーダー格だった方がキャプテンになって幹部も経験者集団が独占して僕は広報担当になったんですけどそのキャプテンがこれまた厳しくてねぇ僕が同じ広報担当チームでビラ作りとかブログとか書いてたらビラとかを見て「これさぁ、どう考えてもダサすぎないか? もうちょい良いセンス持てよ!これがウチの看板になるんだから、頼むよ広報!!」言うてやけに毎回『広報!!』を強調して指摘してきたり裏方の時も「おい‼️ それはちげぇだろ!! よく考えれば分かるだろ、裏方なんだからしっかりしろよ!」と怒られてましたwwそんな厳しいキャプテンではありましたが優しい部分もあってまぁ楽しい環境でしたねキャプテンは練習試合や大会の時によく僕達をパシってたりしてましたけどねw「あぁ、今日の昼飯は近くの店で適当に選んできて!」とか言われて後輩の方と一緒に選んでましたねまぁそんなエラそうにしてた方々(経験者集団)が僕より先に就活を理由にやめていきましたからね僕は2年生を終えるギリギリまでサークルに入ってましてギリギリまで広報担当と裏方をしてましたAKBで言うところのゆきりんみたいなポディションですね次は後輩がキャプテンになりましてそのキャプテンは前任と違って凄く礼儀正しくて敬語を丁寧に使ってくださってとても良識な方でしたねもう昨年の12月に引退して、今はまた新しいキャプテンになってますがだから僕は4代のキャプテンに仕えた事になるわけですよ今年度の外部補佐を含めると5代になりますね本当に貴重な経験になったと思います本来なら、日常キャンパスライフの思い出も語ろうかと思ったらそろそろ文字数制限になるので卒業式の日に語りたいと思いますまぁそう考えると感慨深いですよねぇ今日も一日お疲れ様でした‼️