夜、一匹の鼠が草原地帯を走っていて大きな物体に衝突した。その拍子に聞き覚えがある大きな声が辺りに響いたので鼠は当たった相手が象だと気付いた。
「やあ。ごめんよ」と鼠は謝った。
象は瞼を開いて周りを見回したが、ほとんど何も見えなかった。ただ、声を聞いて相手の正体が鼠のようだと察した。鼠だとしたら身体が小さ過ぎるから見つからなくて当然だと象は考えた。「何か、用か?」と象はのんびりとした声で訊いた。
いつも世話しなく動き回っている鼠には象の声がひどく間延びして聞こえた。この草原地帯では象を襲う肉食獣は存在しないから今まで暗闇の中でのんびりと熟睡していたのだろうと鼠は想像した。衝突はまったく偶発的な事故であり、象に用事などはなかったのだが、鼠は思わず問い掛けた。「君は夢の中でもいつも草を食べているの?」
「私は夢なんて見ないよ。それに、眠っているつもりもない。いつも夜はかなり長く感じられるから暇を持て余して気が遠くなってくる。今までに幾つもの夜を体験してきたけど、未だにその長さには慣れない。若い頃は月下を歩いたりしてみたけれど、年老いた今ではそのような元気もないから夜の長さが一段と辛くなっている。ひょっとして、もう太陽が昇らないかもしれないと毎夜のように心配になってくる。そして、太陽の下で草を食べていたという昼間の記憶は現実の出来事ではなかったのかもしれないと私は考える」と象は答えた。
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