柔らかな砂の中を落ちていっていた。身体が大量の砂に埋もれているようだったが、どういうわけか私はその重量を感じていなかった。それに、息苦しくもなかった。なぜ自分は死なないでいるのだろうかという疑問が脳裏を過り、どうやら夢を見ているらしいと推察した。
しかし、意識は覚醒しなかった。相変わらず肉体が砂の中をするすると落下していっていると感じていた。かなりの速度で足の方から落ちていっているようだった。全身を撫でていく砂の感覚が心地良いので私は夢を見ているという自覚をすぐに忘却した。そして、どこからか声が聞こえてきた。
「これは月の砂ですよ。月は惑星よりも重力がずっと弱いのです。あなたは惑星の人間なので身体が月の砂よりも重いのです。そのせいで沈み込んでいっているわけです」と声は言った。
「月の底には何があるのですか?」と私は問い掛けた。
「今、あなた以外にもたくさんの人間達が沈んでいっていますよ。その中にはあなたの知り合いも含まれていますよ。月の底で彼等と会えますよ。そこは惑星の地上とほとんど変わらない世界ですよ」と声は答えた。
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